長谷川 慎(ヤマハ発動機ラグビー部FWコーチ)
スクラムのカリスマである。「シンさん」こと長谷川慎コーチは、ラグビーの真髄ともいうべきスクラムの機微を熟知し、人生哲学の深奥をも究めている。コトバも興味深い。
「30歳を過ぎたら、スクラムが強くなるというのはウソだと思います」
笑いにはちょっぴりシニカルさがにじむ。2007年に現役を引退し、サントリーで3年、ヤマハ発動機では4年。コーチ業はもう7年目となった。
「そりゃ、30歳過ぎるくらいの経験は必要でしょうけど、成長のスピードをもっとはやくしてあげることがコーチの仕事です。フツーにやっていたら10年かかるところを、10カ月で強くさせなきゃ。ははは。言い過ぎですかね」
11月29日の秩父宮ラグビー場。トップリーグのヤマハ×サントリー戦の後だった。薄暗い通路でシンさん節が弾ける。この自信はどこからくるのか。
「ぼくがたぶん、どの選手よりも一番、スクラムのことを考えているからです。ぼくのからだにはいろんなデータが詰まっています。いろんなタイプのプロップと組んできたし、映像を見て、考えてきました」
4歳でラグビーを始め、京都・東山高校ではプロップとして花園(全国大会)に出場した。中央大学ではフッカーに戻ったが、サントリーの2年目に再びプロップとなった。日本代表のキャップ数(国代表同士の試合)が通算「40」。1999年、2003年のワールドカップにも出場した。
観察力は大事だ。対戦相手のプロップのホクロの位置、耳のカタチ、声の質なども記憶している。さらに言えば、現役時代から、スクラムノートを付けてきた。7年前のコーチ1年目の自分と今のそれを比べると?
「7年前は自分が練習に入って、からだを使わないと指導は無理だったんですけど、いまはコトバで表現できるようになりました。コトバもプロップ目線だけではなく、フォワードが8人いれば、8通りの目線で考えるようになりました。なぜかって? ははは。勝ちたいから」
考える。スポーツは考えてナンボ、が持論である。「何も考えずにスクラムを組んでいるヤツが多い」と嘆く。
「ぼくは、自分の経験を選手に仮想させるのです。練習では、1回、1回、変えさせて、いろんな組み方を経験させる」
通路で、かつて指導したことのあるサントリーの新人プロップ垣永真之介(早大出)からあいさつをされると、シンさんは「おめでとう」と声をかけた。日本代表初キャップを祝ったのだった。
垣永が笑顔で頭を下げ、シンさんに感謝する。「シンさんのお陰でスクラムの理解が深まって、人生の分岐点となりました」と神妙な面持ちで漏らした。
シンさんが笑う。「いいセリフだねえ。今のコトバ、是非、原稿に書いてください」。今も、頼ってくる強豪大学のフォワードにはスクラムを教えている。優しさ、情の深さが根っこにあるから、どの若手からも信頼されている。
「(大学生には)スクラムの仕組みを教えてあげないといけない。基本的にあまり考えていないんです。スクラムは、ガムシャラに組んでも強くはなりませんよ」
『ラグビーはスクラム』『スクラムは出会いなり』と思っている。目標は?と問えば、42歳のシンさんの顔がほころぶ。
「今はまず、自分のチームのフォワードたちにいい思いをさせることです。日本一になれば、人生変わるぞって。はっはっは」