魚住 稿(ブラインドサッカー日本代表監督)
アジアで初開催となるブラインドサッカー(全盲クラス)の世界選手権大会である。決勝トーナメント進出をかけた19日のフランス代表との試合中、日本代表の魚住稿監督はコート脇で声を張り上げた。
「仲間、信じて!」
ブラインドサッカーとは、ボールの中の鈴が「シャカシャカ」と鳴る音と、まわりの声で行う1チーム5人制のサッカーである。つまりは、『信頼』のスポーツなのだ。日本は、2012年ロンドン・パラリンピック銀メダルのフランスと1-1で引き分け、1次リーグ通算1勝2分けの勝ち点5で、決勝トーナメント進出を決めた。
試合後、「第一段階のノルマは達成できました」と喜びながら、魚住監督が説明する。東京都立桜町高校教員の38歳。
「互いのコミュニケーションが深くないと、このサッカーはスポーツとして成り立ちません。やっぱり、いろんな面で選手の信頼感が高まることが大事です。高まれば、高まるほど、チーム力が高くなっていく相関関係があると思います」
そのコトバ通り、日本はディフェンスを「信頼」で強め、攻撃力もアップさせてきた。2020年東京五輪パラリンピックが決まったこともあるだろう、メディアもこぞって取り上げ、スタンドにはほぼ満員の約1000人が押しかけた。メディアもざっと100人。
「これが、ホームの勢いですね。応援に支えられて、選手たちが最後まで走ることができました。このプラスアルファが、ブラインドサッカーでは大事です。ボールに対する執着心がアップするし、ふだん見えないものが見えるように感じるのです」
日本は最終日の24日、5位決定戦でパラグアイにPK戦の末に惜敗したが、過去最高の6位となった。優勝はブラジルだった。
魚住監督は東京都府中市出身。体育教師として最初に赴任した盲学校で、人数不足のため、キーパーに駆り出されたことがブラインドサッカーとの出会いだった。その後、日本代表のコーラー(ゴールの後ろにいて声を出すガイド役)を務め、2012年6月、代表の監督に就任した。
モットーが『初心、忘るべからず』。選手との信頼関係を第一とし、コミュニケーション作りに取り組んできた。
「指導の面でいうと、見たことがない選手たちに、状況をいろいろと説明したり、その中で新しいことに挑戦したりする難しさはあります。でも、選手たちが試行錯誤の中で1つひとつ積み上げていくことが、魅力のひとつでもあります。新しいことに取り組んでいくことが、いろんな障がい者の挑戦にもなっていくのです」
まだまだ、知名度は低い。課題は、どう知名度を高めていくのか、である。
「我々の目指すところは、障がい者と健常者が混ざり合う社会です。そういう意味で、この世界選手権は意義があるのかな、と思っています」
よく『目を閉じ、耳を澄ましてみて』と口にする。そのココロは。
「初めて見るお客さんが多いので、まずは選手がどんな環境でプレーしているのか、一度、目を閉じてもらって、音を聞いてもらうのが一番だと思っています。いかに難しいことにチャレンジしているのか。見えている場合と、見えないことによって感じる音の違いを、みなさんに感じとってもらいたいのです」
そういえば、日本×フランスのスタンドには桜町高校の3年生の教え子が40人ほど、陣取っていた。試合終了後も残って、「先生コール」を大声で繰り返した。メディアのインタビューを終えると、魚住監督はスタンドに駆けあがり、喜びを分かち合った。
監督の顔はもう、くしゃくしゃだった。
「サイコーのチーム、サイコーの生徒たちです。監督冥利、教師冥利に尽きます。サイコーの気分です」