「本人がそう言うんだったら、仕方ないな」

試合後、記者に囲まれた山井は、こう語っている。

「個人の記録とかは、この試合に限ってはどうでもいいと思っていた。4回にマメがつぶれたのもあったし、握力的にも落ちていた。それに最後は岩瀬さんに投げてほしいという気持ちがあったので、代わりますといいました」

森は落合にはっきり告げた。

「代えますよ、岩瀬に」
「え、いいのか?」
「いや、指がダメなんです」
「あ、そうか。本人がそうやって言うんだったら、仕方ないな」

こうして、9回表のマウンドに岩瀬がのぼった。完全試合の山井をリリーフしただけに、大きなプレッシャーがあったが、7番・金子誠(遊撃手)を三振、8番・鶴岡慎也(捕手)の代打、高橋信二をレフトフライ、9番・小谷野栄一(三塁手)をセカンドゴロに仕留め、中日に53年ぶりの日本一をもたらした。

それから4年後の2011年6月16日。岩瀬が通算287セーブの日本記録を樹立したとき、「もっとも印象に残るセーブは?」と質問され、短く答えた。

「日本シリーズです」

一切具体的に語らなかったところに、彼の思いの深さを感じた。

そして、こう付け加えた。

「あれほど足が震えたことはありません」

落合は『采配』でひとしきり強調している。

<すべては、あの場面で私が監督として決断し、その結果として「ドラゴンズは日本一になった」という事実だけが歴史に残るのだ>