忠実な支持者ほど異論を言えない

ここで問いたいのは、運動が政権になったとき、支持者と政権の関係そのものが変わるのではないかということである。指導者への忠誠が重視されるほど、支持者の不満を政策へ届ける働きが弱まらないか。

例えば、地域の負担を訴える声まで、運動への裏切りとして扱われれば、忠実な支持者ほど異論を言いにくくなる。表面の一致は強まっても、政策を修正する材料は届かなくなる。これは今回の政権について検証すべき仮説であり、選挙結果だけで証明された事実ではない。

支持者の不満を知っていても、指導者への忠誠が優先されれば、政策を変える力にならない。問われるのは、声が届いたかだけではない。その声によって、権力の使い方を変えられたかである。

群衆とアメリカ国旗
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成功した運動はなぜ自らを支えた力を失うのか

この逆説を考える手がかりが、『歴史序説』のアサビーヤである。ハルドゥーンが捉えたのは、血縁やそれに準じる結びつきに支えられ、互いを防衛し、他の集団に対抗し、政治的支配を成立させる力だった。仲のよさや意見の一致を超えて、権力そのものを生み出す集団の力である。

拙著では、その働きを「共通運命を生きる覚悟」と表現した。自分の運命と集団の運命が重なるから、人は危険や損失を引き受ける。これは原典の直訳ではなく、現代を考えるための私の表現である。その力は相互扶助を支える一方、排除や暴力にも向かい得る。

権力を獲得するまで必要だった仲間が、権力を独占する段階では邪魔になる。成功が、自らを生んだ関係を壊し始める。ここにハルドゥーンの洞察がある。