10月9日に発表されるノーベル平和賞の有力候補であるICC(国際刑事裁判所)。その所長・赤根智子さんは2023年にロシアのプーチン大統領から指名手配され、2026年8月にはアメリカ・トランプ政権の制裁措置の対象となった。赤根さんは2025年に出した著書『戦争犯罪と闘う』(文春新書)の中で「所長に立候補するときは、なかなか決断できなかった」という――。
インタビューに答える赤根智子さん
写真提供=文藝春秋
2025年、インタビューに答える赤根智子さん、東京都千代田区の文藝春秋社

2024年のICC所長選挙へ立候補

ICC(国際刑事裁判所)は、戦争犯罪や人道に対する罪などを行った個人を、ローマ規程(「国際刑事裁判所に関するローマ規程」という名称の国際条約)による国際的法枠組にもとづいて訴追・処罰することをその使命とする裁判所です。設立は2002年。オランダのハーグに本部があり、現在、125カ国が締約国となっています(2026年10月8日現在)。日本は2007年にメンバーに加わりましたが、アメリカ、中国、ロシアなどは締約国ではありません。

日本はICCに加わって以来、一貫して裁判官を送り出してきたほか、締約国中最大の資金を拠出するなど、その活動を強く支援してきました。私は2018年3月から裁判官を務めています。日本人として3人目になります。

2023年末ごろ、私はある大きな決断を迫られていました。同僚たちからICCの所長選挙に立候補するよう求められていたのです。所長は、18人いる裁判官の中から互選で選ばれます(過半数の支持が必要)。任期は3年です。

実は、何年も前から、仲間たちからは「所長になったら?」と言われていました。理由の一つに、日本人のイメージがあったと思います。日本人は真面目だし、時間を守るし、物事を途中で放り出したりしないだろうと。いちおう私の仕事ぶりも「我慢強い」「粘り強い」と評価されていました。

日本人だから推薦されたところも?

それに、どちらかというと「私が、私が」という人が多い場所で、日本人の「和を重んじる」ところも好感を持たれたようです。困難な状況が続く中で、「みんなで頑張ろう」というタイプの人がリーダーにならないと乗り越えられないのではないかというムードが、当時のICCにはどこかあった。ある同僚からは、「あなた以外の人が所長になったとして、みんながやる気になると思う?」と言われました。

また、「法の支配」を貫徹している日本への信頼もあったでしょう。ある程度大きな国の人が就任したほうがいいという判断もあったかもしれない。ICCの所長に政治的な力があるわけではありませんが、バックに大国がいれば、いざというときに頼りになるし、他国も安易な手出しはできないと期待されていたのではないか。「こんなときだからこそ、日本出身のあなたにぜひやってほしい」といろいろな人から言われたのを覚えています。

「私が」と立候補するタイプではなかったが…

しかし、私としては、なかなかその気になれませんでした。そもそも、そういったことが好きではないというか、リーダーに立候補するようなタイプの人間ではないからです。

「英語が下手で、ほとんど国内の仕事しか経験していなくて、国際刑事司法をよく知らない私よりも、あなたのほうがいいんじゃない?」と何人もの同僚に言ってみましたが、みんな揃って「いや、あなたがやるべきだ」と。そのうち、「あなたがやってくれないなら、僕、裁判官辞めちゃうよ」と言う人まで現れた。この人はICCにとってどうしても欠かせない存在だったので、辞められても困る。仕方がありません。私も覚悟を決めることにした。

【図表1】ICCの締約国(125カ国・地域)
出典=『戦争犯罪と闘う』、締約国は地図の赤色、2026年10月8日現在