「バカな日本」を「美しい日本」と訳す
私たち通訳は、大学でも研修先でも「外交規律」を叩きこまれた。共産党の幹部はインテリが少なく、普段から言葉づかいが荒い。話しながら痰壺に唾を吐く。通訳は幹部の汚い言葉を直訳してはならず、美しい外国語に置き換えよと教えられた。幹部が「バカな日本が……」と言えば、「美しい日本が……」と訳すのである。
4月15日、宿泊先で休んでいると、私は数人の男に囲まれた。彼らは青海省の公安庁だと名乗り、こう切りだした。
「日本人が高度な技術を提供しないから、われわれは奪うことにした。君に協力してほしい。次の休日に、彼らを泊まりがけで青海湖へ案内してくれ。日本人が留守のあいだに、金庫から技術資料を盗みだして写しを取る」
中国側の通訳のうち、年配の一人は満州国の生き残りだった。古風な日本語を話す大学教授のような人物で、大の日本贔屓だった。政府幹部や諜報関係者を嫌い、「あいつらは悪党だ」と公言していた。
彼には日本人の恋人がいたらしい。満州国の企業に勤めていた女性で、ひそかに交際していた。1945年8月、彼女は日本へ引き揚げるとき、彼に詩を贈った。彼は文化大革命のあいだも、贈られた詩を隠し持っていた。「彼女を探してくれないか」と私に頼んだこともある。
私に声をかけたのは、おそらく年配の通訳が協力しなかったからだろう。安全部が来たと打ち明けると、彼は即座に言った。
「奴らに協力しちゃダメだ。まあ、わしのところには来ないけどな」
中国では情報活動への協力が義務
4月17日、私は命じられた通り、日本人の社員たちを青海湖へ案内した。
出発のとき、日本側のS部長が大きなリュックサックを背負っていた。「ずいぶん大荷物ですね」と声をかけると、重要な資料はみんな持ってきたという。安全部が盗みだせたのは、あまり重要でない技術資料だけだった。
悪事の片棒を担がずにすんだと、私は胸をなでおろした。日本人を観光に連れていけと言われれば、断る理由はない。当局から要請があれば協力するのが当然であり、外交規律の範囲だと考えていた。
現在は、協力への圧力がもっと強い。2017年施行の国家情報法によって、海外に住む国民も含めて、情報活動への協力が義務と定められているからだ。
