プレジデント動画シリーズ「リーダーの器」。第15回は獺祭の桜井博志会長です。無料会員登録でフル動画をご覧いただけます。ぜひご登録ください――。

柳井正の「一勝九敗」どころではない失敗数

「いけると確信した瞬間? そんなもんないですよ。今でも不安だよね」

純米大吟醸「獺祭」を世界ブランドに育てた獺祭会長の桜井博志さんは、こう言って笑います。75歳の今も年80日ほどアメリカに足を運び、取材の3日前には北欧3カ国から帰国したばかりでした。順風満帆に見えるその歩みは、実は失敗の連続です。同じ山口県出身の柳井正氏の著書『一勝九敗』を引き合いに、「私は一勝九十九敗ぐらいの感じ」と言ってのけます。

父と対立しクビを言い渡される

始まりは父との決裂でした。日本酒の消費が下り坂に入りかけていた頃、危機感を抱く20代の桜井さんと、高度成長期に蔵を伸ばしてきた父は折り合わず、27歳のとき「もうお前、出社するに及ばず」と言い渡されます。翌日、桜井さんは本当に酒蔵を去りました。父の死を受けて1984年に家業を継いだとき、売り上げは最盛期の3分の1。1億円にも届かない酒蔵になっていました。

紙パック酒、値引き、おまけ付き――。打つ手はことごとく短命に終わり、唯一うまくいったのが純米大吟醸でした。1990年、地元の値引き慣行と決別するため、新銘柄「獺祭」を立ち上げます。