年商2億円の蔵が1.9億円を失う窮地

ところが、杜氏の後継者確保を狙って通年採用のために始めた地ビールとレストランは、わずか3カ月で閉店。年商2億円の蔵が1億9000万円を失い、杜氏は部下全員を連れて去っていきました。桜井さんはこの危機を逆手に取り、若手社員とともに自ら酒を仕込む道を選びます。造るのは純米大吟醸だけ。迷いを断ち切った瞬間でした。

成長してからも失敗は続きます。直近ではニューヨークの酒蔵建設で予算30億円が85億円に膨らみ、コロナ禍で工事が止まった際には撤退が頭をよぎったといいます。

飲む酒の95%は獺祭、休肝日なし

それでも桜井さんは酒造りの軸をぶらすことなく歩みを進めてきました。自身が飲む酒の95%は獺祭。休肝日はなし。

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
「苦し紛れでした」失敗も軽やかに語る"獺祭じじい"挑戦の軌跡…桜井博志『獺祭 経営は八転び八起き』
泣きたい!初回3万本がパーになった
補助金ナシでNYに工場建設、72歳会長が妻と移住…輸出額最大の日本酒「獺祭」が捨て身で海外に挑むワケ
獺祭は機械で造っているから嫌い…ホテル出向中にアンチ客と出会った蔵人が、自らの正体を隠し続けた理由
常識破りの決断で、なぜうまくいくか