Answer

「口だけ」なのに、喧嘩を始めるリスクはないか

今年9月、そのイタリアを訪問してきました。都市計画のあり方を中心に勉強してきたのですが、目から鱗だったのは、かの国の美しい都市空間が、芸術家たちも街づくりに深く関わってきた歴史の産物だということ。ルネサンスの昔から、ミケランジェロをはじめ多くの芸術家たちが街づくりに参画してきたんですよね。

イタリア現地ではメローニ首相の話題も出ましたよ。ガイドさんと話していると、イタリア人にとってもメローニ首相の長期政権は意外だったようです。当初「極右」と騒がれながらも、政権掌握後は現実路線に転じ、EUとも協調。気づけば戦後最長政権です。

欧州理事会のコスタ議長を笑顔で迎えるイタリア・メローニ首相
欧州理事会のコスタ議長を笑顔で迎えるイタリア・メローニ首相。首相就任前は欧州統合懐疑派だったが、今やEUとの関係も良好だ。

実は類似の現象が世界各地で起きています。韓国の李在明大統領がそうだし、日本の高市早苗首相も同じ。威勢のいい言葉で仮想敵をつくり、諸外国に対しても強気の発言を連発する。ところが政権を握った後は、当然ですが現実路線に転じていく。いわば「メローニさん現象」。自由で公正な選挙で政権を選ぶ民主国家において、こうしたやり方が一種のスタンダードになりつつあるんです。

こういうやり方、僕は嫌いですね。「橋下は強硬派だから、選挙後に現実路線の弱腰外交に転じるのが嫌なんだろう」と思われそうですが、違います。全くその逆です。政権を取るまでは、できもしないのに弱腰の反対の「強腰」で挑むその姿勢が嫌なのです。僕自身はむしろ、“弱腰外交”で大いに結構と思っています。

「中国の言うことなんか聞くな!」「韓国に譲歩するな!」「ロシアには強く出ろ!」……。そんな強気一本槍の外交なんて、現実的じゃありませんからね。アメリカやロシア、中国など核を保有し軍事力もフル装備の本物の大国ならいざ知らず、いまの日本の国力で、「強気で押し切る」なんてできっこありません。

実際、首相就任前はあれだけ強硬派として鳴らした高市さんも、首相就任後は息を潜め、散々批判してきた石破前首相と、外交上そう大きく変わらない路線を踏襲しています。

僕はそのこと――つまり現実主義に転じたこと自体を責めているわけではありません。むしろ、それでいいと思っています。なぜなら一国のトップになれば、自分の発言ひとつ、判断ひとつで、最悪の場合、国民の命を犠牲にしかねないからです。その責任の重大さを感じれば、他国相手に、不用意に誰かれ構わず吠えるなんてことはできなくなって当然です。それは弱腰なんかではなく、「正当に怖がる」ということです。

そのうえで、なぜ「メローニさん現象」が好ましくないか。それは強腰で人気を博した政治家は、いざというとき「正当に怖がる」ことを恐れて、強気の行動に出てしまうかもしれないからです。「本当は弱腰だったのか!」と、有権者からそっぽを向かれることを恐れるあまり、戦略なく強行突破……となりかねない。そのリスクが一番危ないのです。

僕のようなコメンテーターを含めてメディアも野党も有権者も、さらには政府入りしていない与党の政治家も、結局はリングに上がっていないから好き勝手を言えるんです。殴られる心配がない観客席から、「行け!」「怖じ気づくな!」と選手を叱咤する。

首相になる前の高市さんも同じで、リングの外から言いたい放題を言ってきたわけです。でも、首相となりいざリングに上がってみたら、目の前には想像以上に大きな相手が立ちはだかり、パンチを一発食らえば確実にのされることがヒシヒシと感じられる。そりゃ、リング外のときのように、威勢よくはできませんよ。

本来はリングに上がるべきなのにリングの外から「弱腰!」と批判するだけの政治家を、僕は「口だけ番長」と呼んでいます。本物の番長は、自分の実力も相手の力もわかっているから、むやみに喧嘩を吹っかけたりしません。普段は泰然とし、本当に危ないときだけ立ち上がる。ところが小者の口だけ番長に限って、「俺は強い」「絶対に負けない」と周囲に吹聴する。

外交も同じです。本当の知恵者は、喧嘩自体を回避します。全面抗争になれば、敵はおろか味方だって相当な犠牲を払うことを知っているからこそ、交渉のテーブルに着き、互いの利益と譲歩を探ろうとするもの。これを僕は「政治的妥結」と呼び、政治家の仕事として最も重要なものと捉えています。

「チャーチルを見習え」一辺倒は間違っている!

そういう口だけ番長が好きな言葉に、「チェンバレンではダメだ、チャーチルを見習え!」があります。第二次世界大戦の直前、ナチス・ドイツに宥和政策で臨んだイギリスのチェンバレン首相を弱腰として退け、後任で全面対決を選びドイツに勝利したチャーチル首相を「強いリーダー」として理想化する。学者も政治家も、簡単にこのロジックを使います。

でも、現実はそんなに単純じゃありませんよ。チャーチルが最終的に勝利できた背景には、イギリスの軍備がそこそこ強かったことや、アメリカの参戦などさまざまな好条件があった。そうした背景をすっ飛ばして、「チェンバレンの弱腰と違い、チャーチルは強腰だったから勝てた」とするのは、乱暴です。

時には引いて時間を稼ぎ、力を蓄えることだって必要です。重要なのは「弱気か、強気か」ではありません。状況を冷静に分析し、自分たちに足りない部分を把握して、着実に準備を積み重ねるプロセスと戦略。時機を読む賢さや、たとえ弱腰と非難されようとも、国民の犠牲が最も少なくて済む選択をできる勇気が、あるかないかです。

そもそも口だけ番長は口だけだから、本当に喧嘩をやっちゃダメなんです。ボコボコに負けるから(笑)。絶対に勝てる目算がない限り、喧嘩はしちゃいけないんです。まあ口だけ番長は、いざ喧嘩となれば真っ先に逃げますけどね。

そんな中で結局は「メローニさん型」「高市さん型」の選挙が続いてしまうというのは、僕ら有権者の姿勢にも責任があるということです。政治家が外国に対して威勢のいいことを言えば「よく言った!」と拍手をし、少しでも妥協すれば「弱腰だ!」と叩く。そんな有権者が大多数なら、有権者に批判されようともしっかりと理を説いていく自信のない政治家は「口だけ」になってしまいます。

有権者の側も、観客席から威勢よく掛け声をかけるだけじゃダメなんです。戦争になれば、気が付いたときには自分たち自身がリングに上がっているでしょう。政治家に「もっと強く出ろ!」と言う前に、自分がそのリングに立つことを想像してみることが大事です。そうすれば、「弱腰」と「本当の強さ」の違いも見えてくるのではないでしょうか。

(構成=三浦愛美 写真=時事通信フォト)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
「祖国を守れ!」なんていう偽善が大嫌いな僕が、地元・大阪のために人生をかけた3つの理由
「大阪都構想」未だ実現せず…それでも僕が、いつ死んでもいいと言える理由
高市首相の演説が大成功で私が焦った話
「手堅い人事」の光と陰…小泉総理と高市総理の隔たり
「円安ホクホク」の時代は終わったのか…米財務長官「リフレをやめろ」発言のウラ側