すべては“再選”のため? 派閥トップ層に依存
高市改造内閣が9月17日に発足しました。メディアや一部の有識者は、主要閣僚を留任させ、省庁出身の官僚OBらを多く大臣に起用した布陣を「手堅い人事」「実務型の堅実な政策運営」などと好意的に持て囃はやしています。確かに、高市早苗総理は手堅い人事を行ったと言えます。その結果、内閣支持率にもポジティブな変化が見られているようです。
しかし、それは本質を突いた見方とは言えません。「手堅い」というのは別の言い方をすれば、「政策運営を大きく変えない」「現状維持に終始する」という宣言と同義です。いま日本経済に必要なのは、従来の延長線上での微調整ではなく、根本的な構造改革です。にもかかわらず、今回の人事は残念ながらそうした覚悟が見られないように思えます。
そもそも、内閣改造という政治手法には、大きく分けて3つの狙いがあります。
1つ目は、いわゆる「順送り」です。かつて派閥が存在した時代には、当選6回や7回を数えた「待機組」を派閥の推薦に基づいて閣僚に押し上げ、順番にポストを割り振る年功序列的な人事が行われていました。
2つ目は、国民に対する「新鮮味のアピール」です。国民は政治に対して飽きっぽい側面があり、常に変化を求めています。顔ぶれをガラリと変えてフレッシュな印象を与えることで、低下した内閣支持率を浮揚させる狙いがあります。
そして3つ目が最も重要であり、本来の目的でもある「人事を通じた総理大臣自身の政権基盤強化」です。自分と思想や政策方針が異なる対立勢力を遠ざけ、自らの改革姿勢を力強く推進するための陣容を整える。これこそが内閣改造の真骨頂です。
かつて私が大臣として仕えた小泉純一郎元総理は、この人事を極めて巧みに行いました。小泉さんは自民党を「ぶっ壊す」と宣言して構造改革を断行したため、党内の抵抗勢力と激しく対立しました。しかし、対立する派閥のトップは絶対に閣内に入れない一方で、その派閥のナンバー2(平沼赳夫氏や中川昭一氏ら)を主要ポストに起用しました。トップを抑えつつナンバー2を巧みに巻き込むことで、党の決定的な分裂を防ぎながら自らのリーダーシップを発揮したのです。一方、高市総理の手法を見ると、小泉さんとは対照的です。彼女は党内の基盤が弱いため、派閥の「トップ」層に全面的に依存しています。これまでも、麻生派や旧茂木派をとり込んできましたが、今回はさらに旧安倍派を優遇しました。結果的に、こうした勢力の意向にある程度配慮しなければならない構造を作ってしまいました。今回の改造では、実質的な旧安倍派のトップと目される萩生田光一氏や西村康稔氏を留任させ、新入閣の閣僚に旧安倍派を多数登用しています。要するに、自らの政権維持や来年の総裁選に向けた「党内取り込み」の姿勢がにじみ出ています。
今回の人事で、比較的強烈なカラーが出ているのが「参議院まわり」の人事です。まず、政権に対してそりの合わない存在であった石井準一参議院党幹事長を実質的に更迭しました。そして、参議院で与党がマジョリティを持っていない弱点を補うため、極めて重要なポストである参議院予算委員長に有村治子氏を起用しました。さらに注目すべきは、参議院の官房副長官を佐藤啓氏から中西祐介氏に交代させた点です。官房副長官というポストはメディアではあまり大きく報じられませんが、極めて重要なポストです。官邸機能の中核は、総理、官房長官、そして3名の官房副長官の三者しかいないのです。官房副長官は閣議に常に陪席し、すべての稟議を回し、内閣と党、そして国会との間の高度な調整を担う極めて重要な役割を持っています。小泉政権時代、この官房副長官のポストで、その力を最大限に発揮したのが若き日の故・安倍晋三氏でした。彼の人脈と調整力があったからこそ、小泉内閣の強行突破が可能だったのです。高市政権が今回、参院対策の要として官房副長官をすげ替えたことは、権力基盤の維持という点では非常に計算された人事だと言えます。ただ、高市政権の官房副長官は経験値的に“若い”といわざるをえなく、今後の対応が注目されます。
私はよく、政府の経済政策を「車の運転」と「道路の建設」に例えます。
曲がりくねった古い道を走る際、いかにうまくハンドルを切り、スピードをコントロールするか。これが政策の「微調整(運転)」です。しかし、いくら運転テクニックが優れていても、走っている道自体が悪路であれば、目的地に早く着くことはできません。より重要なのは、古い道を直線的な高速道路に作り直したり、生産性の高い新しいバイパスを通したりすること、つまり「道そのもの(制度・構造)の作り直し」なのです。残念ながら、現在の政策議論のほとんどは、どう車を運転するかという微調整の話ばかりで、構造改革の議論が完全に抜け落ちています。
その最たる例が、ガソリン価格高騰に対する月数千億円規模の補助金投入です。残念ながら、これは経済の「基本」から大きくはずれています。価格というものには本来、需給を調整する機能があります。エネルギー価格が上がれば、国民は省エネに努めるのが自然な経済原理です。ところが政府は多額の補助金をつぎ込むことで、この価格の調整機能を完全に殺し、「エネルギーを節約しなくていいですよ」という誤ったメッセージを出してしまっています。
基本に忠実でない政策は、必ず後で大きなツケを払うことになります。本来やるべきは、そうした場当たり的な補助金ではなく、世界中で当たり前のように普及している「ライドシェア」の即時全面解禁など、岩盤規制に穴を開けるような本物の制度変更です。しかし、今の政策論議からはそうした「道を作り直す」覚悟が見えてきません。
本来なら、今回の人事を通じて、日本経済や経済界に対して「この国をどう導くのか」という強烈なメッセージを発してほしかったと思います。
経済界の世論主導者不在 注目は細野・中司人事
かつて小泉政権は、経済財政諮問会議を司令塔として重用し、そこに経団連会長の奥田碩氏や経済同友会の重鎮であった牛尾治朗氏ら、圧倒的な影響力を持つ大物経済人を据えました。経済界を巻き込み、官邸主導で経済成長を描くという明確なメッセージがあったのです。しかし現在、高市政権の周辺を見渡しても、そうした重要な経済界のオピニオンリーダーが見当たりません。その結果、政府と経済界が一体となって国を引っ張るような気概が感じられません。
支持率が比較的高いため、今のところ経済に対する表立った不満はないかもしれません。しかし、国民は物価高にあえいでおり、便乗値上げ的な動きに対しても重荷を背負っています。にもかかわらず、経済政策が現状維持の「運転」に終始し「道路建設」に踏み込んでいない点は大いに懸念されます。
こうした中にあって、私があえて個人的に期待を寄せている人事が2つあります。
1つは、細野豪志氏の防災担当大臣への起用です。近年、台風などで甚大な被害が出るなど、異常気象はかつてないレベルに達しています。日本は1959年の伊勢湾台風で数千人もの犠牲者を出した後、災害対策基本法を制定し、抜本的な対策で被害を一気に減らした歴史があります。今まさに、それと同等かそれ以上の新しい次元での国土強靭化が必要とされています。防災庁の設置準備担当大臣でもある細野氏にはこの国家的急務に全力で取り組んでほしいと強く期待しています。
もう1つは、日本維新の会の中司宏氏を規制改革担当大臣として連立内閣に迎え入れたことです。維新はかねてより、首都機能を分散させる「副首都特区」の創設を主張してきました。複数の副首都を作り、地域間で制度改革と規制緩和の競い合いを生み出すことは、停滞する日本経済に強烈な刺激を与えます。安倍・菅政権時代に導入された国家戦略特区制度は、その後ほとんど無視され機能不全に陥っていましたが、中司大臣の腕によってこの特区制度が再始動し、「道を作り直す」本格的な規制改革が進むのであれば、それは日本経済にとって大きな光明となります。
経済学者、慶應義塾大学名誉教授。1951年、和歌山県生まれ。一橋大学経済学部卒業。博士(経済学)。小泉内閣で経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣を歴任。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年11月13日号)の一部を再編集したものです。
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