便利になっても多く残る空き地や跡地
筆者は沿線の概況を取材するべく、こどもの国線の全線を歩き通したことがある。その時の実感としては、長津田駅周辺はタワマンが立ち、それなりに活気に溢れていると感じた。
他方で、通勤線化によって便利になったことは間違いないが、沿線が開発・発展を遂げているとは感じられなかった。まだ沿線には未利用地が多く残り、発展途上といった雰囲気だった。
田園調布の開発から承継される東急の多摩田園都市の理念は、都市化だけを求めたものではない。都市化による発展は、あくまでも結果だ。
また、こどもの国線の通勤線化から四半世紀を経てもなお沿線の宅地化が不十分のように思えるのは、人口減少の現象のみならず都心回帰という郊外を忌避するトレンドも多分に影響している。これは東急だけに帰責するものではない。
鉄道会社の「理想郷づくり」は続く
明治に鉄道が産声をあげてから150年以上が経過し、その間に鉄道各社が鎬を削るように住宅地を開発した。鉄道は都市の発展に大きく寄与し、それは本来なら都市を司る行政以上の成果を出している。
なかでも東急の多摩田園都市に注ぐ情熱は鉄道会社の中でも突出しているが、それでも思い描くような街・都市にはなっていない。今後、さらに人口が加速度的に減少することを踏まえると、鉄道各社は都市開発において難しい舵取りを迫られることは間違いない。
しかし、都市開発は沿線人口や価値を維持するためには不可欠で、今後も果てしなく理想郷を求めて試行錯誤を続けるしかない。
私たちは、そうした奮闘を断片的な情報でしか知ることはできない。東急は多摩田園都市の輝きを維持するため、2次交通の整備や魅力あるベッドタウンの開発に取り組んできた。
こうした鉄道会社の施策は東急だけにとどまるものではなく、各社がそれぞれの理念に基づいて独自に取り組んでいる。これら鉄道各社の沿線に込める思いを知ることは、「どういった街に住みたいのか?」「どういった暮らしを求めているのか?」と参酌する指標になるだろう。
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