80代女性が再び焼肉を食べた
20年以上の研究の中で印象に残っている患者を尋ねると、最初に治療した80代女性のことを挙げた。食道がんがあり、体力も落ち、手術は難しそうだった患者である。
「こういう治療で効くかどうかまだ分からないですけど、やらせてもらえますかねと言ったら、喜んでと言ってくれた」。治療後、腫瘍はだんだん小さくなり、やがて見えなくなった。食べにくさも改善した。
その後、家族から「焼肉をぱくぱく食べられるようになった」と連絡があった。「やっぱりやってよかったなと思いました」と話す。最終的にその患者は転移で亡くなったが、しばらくの間、がんのない状態で、食べる喜びを取り戻していた。
がん治療の成果は、生存期間や奏効率といった数字で語られることが多い。もちろんそれは重要だ。だが、食道がんでは「食べられるかどうか」が患者の生活そのものを左右する。家族と同じ食卓につき、好きなものを口にできる。その時間を取り戻すことは、治療の大きな意味である。
治療を諦める前に、新たな選択肢
現時点で、テロメライシンの対象は限られている。標準治療が受けられる患者には、まず標準治療が優先される。遠隔転移がある患者や、過去の放射線治療との兼ね合いで適応が難しい患者もいる。誰にでも使える万能薬ではない。
それでも、今回の承認には大きな意味がある。高齢で、COPDなどの持病があり、手術も抗がん剤も難しい。これまでなら「放射線を当てるしかない」とされていた患者に、治療の選択肢が一つ増えたからだ。
さらに将来は、食道がんの標準治療への上乗せや、直腸がん、膵臓がんなどへの応用も研究されている。直腸がんでは、治療効果が高まれば人工肛門を避けられる可能性がある。膵臓がんでは、がんを抑える働きを失った細胞に、もう一度ブレーキをかける仕組みをウイルスに持たせる研究が進んでいる。
まだ研究段階ではあるが、ウイルスを恐れるだけの存在ではなく、がん治療の道具として設計し直す時代が来ていることは確かだ。
※テロメライシンの薬価は1回あたり約310万円、3回投与で総額
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます


