内視鏡で病巣に直接注射する

医学にはもともと、本来なら体に害を及ぼす力を、量や場所、標的を厳密に制御することで治療に転用してきた歴史がある。病原体の一部を使うワクチン、毒素を少量使うボツリヌス療法、DNAを傷つける力をがんに集中させる放射線治療。テロメライシンもまた、ウイルスという“怖いもの”の性質を、がんを攻撃するために作り替えた治療といえる。

実際の治療は、胃カメラに近いイメージで行われる。内視鏡で食道がんの病変を見ながら、腫瘍内にテロメライシンを注入する。腫瘍を直接見ながら複数カ所に分けて注射し、慣れた内視鏡医なら投与自体は10分ほどで終わるという。

放射線治療は平日に数週間続け、テロメライシンはその期間中に複数回投与する。病院が近く、放射線治療に通える患者であれば、外来で行える場合もある。内視鏡時には喉の麻酔を行い、希望や施設の方針によって鎮静を使うこともある。

治療そのものは大手術ではない。ただし、対象となるのは「標準治療の代わりに何でも使える薬」ではない。藤原医師は最後にこう強調している。

「食道がんの患者さんで、標準治療が受けられる人は標準治療を受けてください。標準治療の代わりになるものではなく、標準治療が受けられない人を助ける薬です」

大手との共同開発が打ち切りに

藤原医師がこの治療に取り組んできた時間は長い。一般に知られるようになったのは最近でも、本人は「その前に20年ぐらいずっとやってきた」と振り返る。

開発の道のりは順調ではなかった。岡山大学発の創薬ベンチャーであるオンコリスバイオファーマを中心に臨床開発が進められたが、ベンチャーにとって治験には多額の資金がかかる。標準治療に上乗せする形で大規模試験を行うには、何百人もの患者が必要になり、現実的ではなかった。

研究室での実験
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そこで開発戦略として、標準治療ができない食道がん患者に対象を絞った。患者数は少ないが、治療選択肢が限られ、医療上の必要性が高い。過去の放射線単独治療のデータと比較し、有効性を示す道を探った。

それでも大きな危機は訪れた。2019年、大手製薬企業が開発に加わったものの、途中で方針転換により共同開発が打ち切られたのである。藤原医師は「普通はベンチャーだったらもうそこで諦めることになる。最大のピンチでした」と語る。

だが、そこで終わらなかった。「大手が離れたなら自分たちでやればいい」と、ベンチャー側が粘った。「社長がそう言ったので、これはすごいなと思った」と振り返る。その粘りが、今回の承認につながった。