テロメライシンは、この特徴を逆手に取った薬だ。テロメラーゼ活性の高いがん細胞の中ではウイルスが増え、細胞を破壊する。一方、正常細胞では増えにくい。ウイルスが本来持つ「細胞に入り込み、増えて、細胞を壊す」という性質を、がん細胞に向けて使えるよう作り替えたのである。

家族にうつる心配はないのか

「風邪の原因にもなるウイルスを体に入れる」と聞けば、逆に感染が広がるのではないか、家族にうつるのではないかと不安になる人もいるだろう。その点については「普通の人はほとんど正常な細胞しか持っていないので、感染はしても、その中でテロメライシンは増えていかない」と説明する。

もとになっているアデノウイルスは、多くの人が子どものころに感染経験を持つ身近なウイルスだ。成人の多くは抗体を持っており、血液中に漏れたウイルスは抗体で中和されやすい。治療では全身に投与するのではなく、内視鏡でがんの病巣に直接注射する。

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もちろん、注意が不要というわけではない。投与後は発熱が起こることがあり、放射線治療に伴う食道炎や肺炎にも注意が必要だ。また治療後しばらくは便中にウイルスが排出される可能性があり、排泄物の処理について説明を受ける。藤原医師も「いちおう生物製剤なので、治療した後しばらくは便の中にウイルスが出てきます」と話す。

つまり「怖くない」と軽く言い切るべき治療ではない。だが、ウイルスの性質、投与方法、排泄物管理を理解し、医療機関の管理下で行うことで、安全性に配慮しながら実施される治療なのである。

放射線との併用で効果を高める

テロメライシンは単独で使う薬ではない。今回承認された治療では、放射線治療と併用する。そこには明確な理由がある。

放射線はがん細胞のDNAを傷つける。だが、がん細胞はその傷を修復しようとする。テロメライシンが持つタンパク質は、この修復を妨げる方向に働く。「放射線で傷つけたDNAをがん細胞が治そうとするのを阻害できます」と言う。

さらに、放射線を当てると、アデノウイルスが細胞に入り込む際に必要な受容体が、がん細胞表面に増えることもわかっている。放射線がウイルスを入りやすくし、ウイルスが放射線の効果を高める。「放射線はテロメライシンの効果を増強し、テロメライシンは放射線の効果も増強する」と表現する。

風邪のウイルスからがん治療薬を作る。そう聞くと、SFのように感じるかもしれない。だが、ウイルスをがん治療に使う発想は決して新しいものではない。19世紀末から20世紀初頭にかけて、感染症にかかったがん患者の腫瘍が小さくなる現象が医師たちによって報告されていた。

当初は、なぜそのようなことが起こるのか十分に説明できなかった。野生型に近いウイルスを使う試みも行われたが、安全性や効果の面で限界があり、研究は一時停滞した。転機となったのは、遺伝子工学の発展である。ウイルスが、がん細胞で増えるよう設計する技術が進み、腫瘍溶解ウイルス療法は再び注目されるようになった。