戦争はどのようにして始まるのか。地政学者・戦略学者の奥山真司さんは「私の師であるコリン・グレイ氏は、戦争の原因として古代ギリシアの歴史家・トゥキディデスを引用しながら、恐怖、名誉、利益の3つを挙げていた」という――。

※本稿は、奥山真司『戦略論入門 自衛隊幹部学校 講義録』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

中越戦争・中国軍に破壊されたカオ・バンの通り
写真=時事通信フォト
中越戦争・中国軍に破壊されたカオ・バンの通り=1979年5月

「恐怖、名誉、利益」が引き金になる

戦争は必ず起きてしまうものである。だから起きることを前提として戦略を考えていこうとする戦略研究は、ともすれば「非人間的」「冷酷」「人間の良心や善性を信じていない」などとひどい言われ方をするのですが、(本書の)戦略文化やウォルツの「三つのイメージ」についての記述をお読みいただいてわかるように、実はかなり「人間的」な学問領域であるとも言えます。

戦争を考えること、戦争が起きることを前提として戦略を考えることは、実は人間を考えることそのものにつながっているのです。有史以来、人類が戦争を何度も繰り返してきたことを思えば、人類史と戦争は不可分のものであることもおわかりいただけると思います。

私の師であるコリン・グレイは、戦争の原因として古代ギリシアの歴史家・トゥキディデスを引用しながら、「恐怖(fear)、名誉(honor)、利益(interest)」の三つを挙げました。滅ぼされることを恐れるあまり、打って出てしまう。「相手をやっつけて大勝利を得た」という名誉が欲しいから、打って出てしまう。「領地や資源を得る」ことを目的に、打って出てしまう。ウォルツの三つのイメージと組み合わせれば、これらは個人や組織の動機であると同時に、国際システムによって恐怖を感じたり、国際的評価や利益を得たくて戦争に打って出ることもあり得る、と分析できるでしょう。

日本にいるとわからない「アメリカへの恐怖心」

私がイギリスに留学していた2007年頃に、英国最古のシンクタンクである英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の講演で、グレイの教えを実感する出来事を経験しました。

講演に来たのは、北朝鮮の大使。彼の話を聞いていて感じたのは、彼ら北朝鮮がいかにアメリカに対して恐怖心を抱いているか、ということでした。世界最強の軍隊を擁するアメリカと同盟関係にある日本にいるとなかなかわからないことですが、「いざとなれば斬首作戦(トップを殺害して紛争の拡大を阻止する作戦)を展開するぞ」とナイフを突きつけているアメリカに対する恐怖心は、半端なものではなかったのです。

同盟国がアメリカと組んで感じている安心感の裏返しで、アメリカに敵視されている国はかなりの恐怖心を覚えている。この点は忘れてはならないでしょう。

北朝鮮の恐怖心は、「アメリカが味方に付いている」日本の安心感とは裏表の関係にあります。また、その安心感は常態化してしまうとなかなか感じにくくなるものかもしれません。第二次トランプ政権発足後、ロシアと戦争中のウクライナのゼレンスキー大統領が、トランプ大統領との首脳会談を行った際、トランプ政権の面々から罵倒されるという「事件」が起きました。戦時中の大統領をねぎらうどころか、ヴァンス副大統領などは「アメリカの支援に感謝しろ」「ありがとうと言え」などと詰め寄ったのです。