軍事力のバランスが崩れれば戦争に発展
話を「恐怖・名誉・利益」に戻しましょう。恐怖が戦争を引き起こす可能性があると考えると、ある国に対して軍事力で脅し、抑止することが戦争を起こさないために必要なことなのだ、とは言い切れない面が出てきます。
21世紀に入ってから中国は急速な軍拡を行っており、中華人民共和国建国から100年となる2049年までに「世界最強クラスの軍隊になることを目指す」としていますが、これによって各国が中国への恐怖に震えて軍門に降るかと言えばそうではなく、むしろどの国も連携して中国の脅威に対処できる体制を整えようとしつつあります。
中国からすれば北朝鮮と同様、「アメリカが日本と組んで我々に圧力をかけるから軍拡せざるを得ないのではないか」と言うでしょう。また、軍事力強化に否定的なリベラルな視点からは、「軍事力の脅しは、結局軍拡競争を招くことになる」との批判を受けます。
確かにそれはその通りなのですが、一方で軍事力のバランスが崩れればあっという間に戦争に発展することもまた確かなのです。バランスを取ろうとしてバランスを崩す、つまり相手に過剰な恐怖心を与えてしまうこともあるのですが、リアリズムの基本は「もしこちらに手を出せば、あなた方もただでは済まないぞ」と言える状態を保つことにあります。
先述の通り、これを戦略学的には「抑止」と呼んでおり、そのための力を「抑止力」と呼びます。脅しが効いているうちは抑止、つまり相手が戦争に打って出ることを止める効果が働いているものと見なしているのです。
個人の感情が大きく影響した戦争
リベラリズムの観点からも、国家間の緊張を和らげる試みは行われています。例えば軍組織同士の対話や交流を行うことによって、意図しない衝突や相手の意図の読み間違いを避ける工夫が積み重ねられています。それでも戦争は、起きる時には起きてしまう。いくら日本が抑止力を備えたとしても、明日の朝、金正恩や習近平が「日本や台湾に一発ミサイルを撃ち込む」と判断しないとは限らないのです。
実際、戦争の原因として知られるものに、個人の感情が大きな役割を果たしたものとして、1979年に中国が隣国のベトナムに侵攻した「中越戦争」を挙げることができます。ベトナム戦争中、中国はベトナムを物心両面で深く支援していました。中国からすれば「兄貴分として面倒を見てやった」という感覚です。しかし、ベトナム戦争が終わると、ベトナムは中国のライバルであるソ連と急接近し、さらに中国が裏で支援していたカンボジア(ポル・ポト政権)にベトナム軍が侵攻し、政権を打倒してしまいました。

