8カ月で古巣に戻った公明党
スッタモンダの末に空中分解した中道改革連合。いつまでもまとまれない旧立憲民主党系の議員たちに見切りをつけて、旧公明党系の全員が古巣に復帰した。そして、この際心機一転して巻き返そうと、党代表も参院議員の竹谷とし子氏から中道から復帰した岡本三成氏に交代した。
党内には、中道の政調会長として選挙の公約づくりなどの中心的な役割を担った岡本氏が、女性代表として支持者の間でも期待が高かった竹谷氏に代わることでイメージダウンになるのではないか、という慎重論もあったが、結局、執行部の強い意向で岡本氏が選ばれた。
東京新宿区の公明会館で開かれた党大会で新代表に選ばれた岡本氏は、「中道改革連合への合流はなくなりましたが、公明党が結党以来掲げてきた中道政治を実現するとの決意は寸分も揺らぎません。より開かれた党として与野党の垣根なく連携し、政界再編の軸となることを目指します」と決意を述べた。
「与野党の垣根なく連携し」という一言が、自民党との関係修復の余地を残したものだという受け止めが広がっている。旧立憲系のグループとの統一会派で、これまでの路線を残しながらも、ギアをニュートラルに入れたのだ。
「鼻をつまんで中道候補に投票した」
党幹部の一人は、「中道から公明に戻るだけでは支持者の理解も得られない。この際、世代交代で党のイメージを刷新する必要があった。岡本は、政策通で人柄もいい。守りの姿勢だと言われるが、いまの公明は雌伏の時だ」とこの間の事情を明かした。
とはいえ、ドタバタの新党結成で総選挙に大敗し、それからわずか8カ月で解体、古巣に復帰というのでは、心機一転と言っても容易ではない。
「与党から、いきなり野党になることに無理があったんですよ。自民との連立解消の時でも、地方組織や支持母体の創価学会に説明を重ねて、ようやく納得を得られた。それが突然、立憲と新党を結成するのだとなった。地方議員だけでなく、全ての選挙を支えてきた創価学会員のなかにも、とまどいや不満があったが、それでも中道の理想を実現しようとフル稼働してきた。それを今度は『やっぱりダメだったので元に戻ります』というのでは、とてもついていけません」
古参の創価学会幹部は、そう本音を漏らしている。
「25年も自民党と連立を組んできたから、若い学会員のなかには、小選挙区では自民党候補にしか投票したことがないという者も多いんです。旧民主党以来、彼らは学会の敵だと徹底して教え込まれてきたから、中道の候補に投票するのは実は抵抗が大きかった。『鼻をつまんで中道候補に投票してきました』そんな報告をする者もいたくらいです」

