逃げたのは公明支持層より立憲支持層だった
そこまでしたのに、旧立憲系からは、「公明党の動きが鈍かった」「宗教色が強いと敬遠された」「無党派層が逃げた」といった不満の声が多く聞かれた。特に落選した議員らからは公明系の候補が比例順位で優遇され、全員当選したことから、怨嗟の声も出ていた。
「結局、公明党にいいように利用されただけだ。比例で1000万票もとれたのは旧立憲系が全国の小選挙区を必死で戦ったからだ。それなのに立憲系は120人も落選、公明系は全員当選というのでは、納得しろという方が無理だ」
ある立憲系の落選議員はそう恨み節を口にしている。
この様子を見ていた立憲の参院議員や地方議員にしてみれば、壮大な失敗に終わった中道に合流することなど到底できないと思ったのも無理はない。
ただ、マスコミ各社の出口調査を分析してみると、前回公明党に投票した人のうち「中道」に入れた人の割合は7割前後、一方、立憲投票者で「中道」に入れたのは6割程度となっている。逃げたのは公明支持層よりも立憲支持層が多かったのである。
公明支持者の方向転換と同じくらい、いや、恐らくそれ以上に立憲支持者が公明党と組むことに抵抗を感じていた。その落選議員は「公明党や創価学会へのアレルギーはいまでも強い。正直に言うと、そのアレルギーとの闘いが一番しんどかった」と告白している。
埋まらない溝
「雨が降っても、槍が降っても、投票に行く」
公明党・創価学会の選挙の強さは、そんな風に表現されてきた。
特に学会員が多い大都市部では、日頃から地域で活動して掘り起こした固い票がある。全国の選挙区に平均1万票から2万票あると言われる学会票が乗れば、接戦で競り合っている候補者には大きな力になる。
それは敵対している政党にとっては大きな脅威であり、かつての自民党は池田大作名誉会長の証人喚問要求などで揺さぶり続けたし、自公政権ができた後の民主党などの野党は逆に公明党・創価学会を警戒し続けてきた。中道に合流したと言っても、立憲系の支持者の間にアレルギーが残っていたことは確かだ。
こうした状況に、学会幹部は、「我々は党のためにと必死で選挙活動をしているのに、まるで選挙に負けたのも学会のせいだと言わんばかりの攻撃を受けている。一般の学会員は深く傷ついています」と複雑な心境を吐露した。
ほとんどの関係者が不満を抱いているというのだから、中道改革連合を維持することなど、どだい無理だったのだ。それが、なぜ結論を出せないまま8か月もぐずぐずしたあげくに空中分解するという悲惨な状態にまで陥ったのか。そこを明確にしないと、公明党であれ、次の新党であれ、再出発はできないだろう。
「結局、誰も責任をとらないことが問題なのだ」
旧立憲系のある議員はそう指摘する。
