食べ物を飲み込むことを難しくし、手術後も食事や生活に大きな負担を残す食道がん。高齢や持病のため、手術や抗がん剤治療を受けられない患者もいる。医療ジャーナリストの木原洋美さんは「こうした患者に、新たな治療の選択肢が生まれた。風邪の原因にもなるウイルスを利用した薬が、諦めの先に光をもたらそうとしている」という。開発者の藤原俊義医師に聞いた――。
シニアが居間を歩くのを手伝う介助者
写真=iStock.com/miniseries
※写真はイメージです

長年の喫煙、その後に食道がんが

80代の男性は、若いころから音楽が好きだった。大学時代にはバンド活動に打ち込み、仲間と酒を飲み、煙草を吸った。高度成長期からバブル期を生きた世代にとって、酒と煙草は大人の男のたしなみでもあった。

バブル崩壊後、禁煙の空気が広がっても、男性にとって「健康のために煙草をやめる」という発想は、どこか自分たちの世代には似合わないものだった。弱音を吐くようで、格好悪い。そんな感覚もあり、長年の喫煙習慣を手放すことはなかった。

70歳を過ぎたころ、男性はCOPDと診断された。COPDとは慢性閉塞性肺疾患のことで、主に長年の喫煙などによって肺の空気の通り道が狭くなり、息切れ、咳、痰が続く病気である。肺機能はゆっくり低下するため本人は「年のせい」と思い込みやすいが、進行すると手術や抗がん剤治療に耐えられるかどうかにも影響する。

それでも男性は、治療を続けながら日常生活を無難に送っていた。ところが70代半ば、喉に違和感を覚えた。食べ物を飲み込むとき、どこか引っかかる。

検査の結果、見つかったのは食道がんだった。

「今さらつらい治療なんか受けたくない」

COPDを抱える彼にとって、食道がんの大きな手術や抗がん剤を含む治療は負担が大きい。選ばれたのは、放射線単独治療だった。幸い、その後4年間は大きな再燃もなく、家族も少しずつ安心を取り戻していた。

しかし今年に入り、胸に水がたまるようになった。夏ごろからは食欲も落ち、再び喉の奥に食べ物が引っかかるような違和感を訴えるようになった。家族は食道がんの再発を心配し、病院で検査を受けるよう勧めた。だが本人は頑として拒んだ。

「もう80代だ。今さらつらい治療なんか受けたくない。どうせCOPDだから、何もできることはないはずだ」

家族は困り果てた。だが、この「どうせ何もできない」という諦めを変える可能性がある治療薬が、2026年6月に承認された。がん細胞だけで増えるよう遺伝子を組み替えたウイルス製剤「テロメライシン」である。