「失敗」をカバーした連合艦隊との比較
もちろん、東郷にも「失敗」はありました。たとえば、旗艦スワロフが舵機の破壊によって「回頭」したとき、東郷も真之も「針路を転じた」と「誤認」し、連合艦隊は「無用の艦隊ダンス」をおこないます。しかし、第二艦隊の司令長官・上村彦之丞と参謀・佐藤鉄太郎とが急を救い、連合艦隊は、みなが協力し合い、バルチック艦隊を追撃する光景が描かれます。
司馬は「無言でも機能するチームワークが存在したというべきかもしれなかった」として、連合艦隊の行動はプラスの評価に行き着き、バルチック艦隊には貶価を与えるのです。
日本海海戦に、司馬は満足げです――「人類が戦争というものを体験して以来、この戦いほど完璧な勝利を完璧なかたちで生みあげたものはなく、その後にもなかった」としています。主力戦のあと、駆逐艦や水雷艇による夜戦のようすもていねいに叙述されます。
戦場を命がけで戦う水兵視点も描く
日本海海戦は、時間単位で叙述されています――「敵前回頭」に要した「生と死を分ける魔の時間」は10分で、「開戦数分後」に、スワロフ艦尾にいた12、13人の信号兵が全滅してしまいます。三笠の砲術長・安保清種少佐は「秒時計」をもっていたとされ、「旗艦三笠が、ついにロジェストウェンスキーの大艦隊を発見するにいたるのは、午後一時三十九分である」など、スピード感ある記述となっています。
日本海海戦の記述は、視点を東郷とロジェストウェンスキー、三笠とスワロフ、日本とロシアを交互に移動させるこれまでの手法を用いますが、この時間感覚のなかで、一人一人の司令官や幕僚の表情の推移が書き込まれます。クローズアップとモンタージュの手法です。
しかし、日本海海戦では、司馬は同時に、水兵に視線を寄せその目線を追い、艦内からみた海戦のようすを記してもいます。たとえば、砲では、戦艦・富士の後部主砲の砲塔で働く西田捨市三等兵曹に焦点をあわせて、砲弾の飛びくるようすを描き、戦艦・日進の大檣たいしょうで弾着の観測をしていた中島文弥三等兵曹の「絶命」が書きとめられ、あるいは、戦艦・春日の池田作五郎二等水兵が死を賭して故障を直す様子が記されます。

