日露戦争の日本海海戦で、東郷平八郎率いる連合艦隊はロシア海軍のバルチック艦隊に完勝した。歴史学者で日本女子大学名誉教授の成田龍一さんは「司馬遼太郎は『坂の上の雲』で、勝敗を分けたのは司令長官の差だと指摘している」という――。(第4回/全4回)
※本稿は、成田龍一『司馬遼太郎の幕末・明治『竜馬がゆく』と『坂の上の雲』を読む』(朝日文庫)の一部を再編集したものです。
戦力に差がない中、勝敗を分けたもの
連合艦隊がバルチック艦隊を確認するのは、信濃丸が病院船を発見し、三六式無線電信機で「敵艦隊見ゆ」と打電することによってです。いよいよ5月27日から、日本海海戦が開戦されます。
司馬はこのクライマックスに多くのページをあて、ていねいに戦闘の過程を描きます。「敵艦見ゆ」「抜錨」「沖ノ島」「運命の海」「砲火指揮」「死闘」「鬱陵島」「ネボガトフ」という表題をもつ八つの章ですが、叙述に動きがあって、『坂の上の雲』の山場のひとつとなっています。
「世界中」が「なりゆきを見まもっていた」なかでの海戦で、いつものように、戦艦の数、巨砲・速射砲=物質的戦力の比較をおこなってからの叙述となりますが、日本海海戦に際しては、日本とロシアのバランスシートに差はありません。運用=将兵の資質と技量、「頭脳的な面」と「砲術能力」が勝敗を決めることとなると司馬は論じます。
「日本側の頭脳がロシア側を圧倒した」
この海戦は、敵味方の各艦の性能や、各兵員の能力や士気より、日本側の頭脳がロシア側を圧倒したというほうが正確であろう。(8‐149、文春文庫〔新装版〕の巻‐頁を示す。以下同じ)
というのが、日本海海戦を描く司馬の仮説であり、「砲火」に照準をあて、訓練とともに射撃指揮法(=士気と指揮)、「砲員の優劣という次元よりも、東郷とその幕僚と、ロジェストウェンスキーとその幕僚の優劣という次元」で説明をおこなっていきます。
奉天の会戦におけるクロパトキンと同様に、日本海海戦においては、ロジェストウェンスキーに敗戦の責任を帰すのです。

