無能な司令部を動かす児玉が登場
乃木軍の「無能さ」と児玉との対比は、あらゆる局面で繰り返し叙述されますが、たとえば、二〇三高地の頂上の二つの堡塁――東北角、山頂西南角を占領した部隊が、弾薬・食糧・兵員の補給がなく疲労しきって孤立してしまったとき、乃木軍はこのことに鈍感です。前線からはるかに後方に司令部を置き、前線の状況を把握せず「机上の空案」を立てています。児玉が怒ります――
と、どなったのは、児玉源太郎の性格的欠陥であろう。かれは、将帥として必要な人格的形象とされている重厚温和な自己演出ができる人間ではなかった。なまで怒ったり笑ったり喜んだりする人間で(後略)(5‐70)
児玉は伊地知を面罵し、「痛烈な批判」をおこないます。指揮者としての児玉は、「第一戦の状況」をみよと繰り返し、それをなさぬ参謀たちへ怒りをぶつけ、「机上の空案」を批判し、「無責任」の体質を痛罵し、自ら歩いて前線に出かけ、そこから作戦を立てます。
乃木に占領の手柄を譲る配慮も
しかも、司馬が記すのは、その作戦の適切さ(28サンチ榴弾砲を移動し、旅順港内の軍艦を撃ち大きな損害を与える、二〇三高地西南角を1時間20分で占領し、東北角は30分で占領するなど)です。
同時に、児玉は「乃木の面目」への配慮も忘れません。大山巌の「乃木に対する秘密命令」をもちながら、それを持ち出さずにすむように、乃木自身による代行の申請を図るのです――「法的にも情誼的にも、いっさいしこりをのこすことなくゆく」。
機微をもって行動する児玉の側面を描くのですが、乃木と会い話をし、「無益に死んでゆく日本人と日本国家のために」指揮権を「借用」するといい、その手順を踏んで「作戦大転換」をおこないます。占領してからは、乃木に手柄を譲り、「二〇三高地」の末尾の部分は、児玉と乃木が志賀重昂を交えて詩会をおこなうことが描かれ、和やかにむすばれています。
いま一人、司馬が組織の統率者としてあげているのは大山巌で、大山は「人の頭に立つにつれ、自分を空しくする訓練を身につけはじめ」「茫洋たる風格」をもつようになり、「総大将とはどうあるべきかという在り方」を示しているとされます。
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