「なんの現実性もない作戦」を繰り返す愚
第二は、こののちメッケルにより、軍隊の近代化が図られますが、乃木を取り巻く伊地知ら専門家は「外国知識の翻訳者」にすぎず、「追随者のかなしさ」として「意外な着想」もなく、「知識と精神のゆとり」をもてないということをも、あわせてみています。
「軍人という職業は、敵兵を殺すよりもむしろ自分の部下を殺すことが正当化されている職業」であるにもかかわらず、「まったくの正面攻撃」や、決まりきった型(すでにロシア軍が見抜いていることも、あわせて記されます)を用い、白襷隊という決死隊を募りながら「なんの現実性もない作戦」、固定的な攻撃法をおこなうとするのです。
司馬は、旅順の攻防に、日本陸軍・第三軍という軍隊組織の弊をみています。組織は人であるという観点からの、繰り返しの批判的言及がおこなわれます。
大本営、満州軍総司令部対乃木軍という組織的レベルでの齟齬があるのですが、それは人事に帰着するというのが司馬の考えです。そのため、『坂の上の雲』の全編を通じて、人物を含めた人事をめぐる批評と批判がおこなわれ、人事の適不適が組織に直ちに跳ね返ってくることがいわれます。
第三軍だけが近代化できていなかった
たとえば、山県有朋は「出世意識や栄達意識、あるいは自己の権勢をまもろうという意識」が強すぎること、児玉源太郎には2人の謀将、井口省吾、松川敏胤がおり、2人はその性格を異にしていること、あるいは長岡外史という一風変わった人物についてエピソードを交えながら紹介するのです。
〈近代〉の思考を欠き、人事が失敗した〈組織〉として、司馬は、乃木軍に批判を向けていきます。第二世代でありながら、ドイツに留学していた伊地知は、陸軍大学校を出ていません。したがって、メッケルに教示を受けた日本陸軍のなかで、乃木軍だけが「不導体」であり、「従順」であったはずの兵士たちが伊地知に不満をもち、「士気」が衰えたともいいます。しかも乃木/伊地知は、「前線」の感情から浮き上がっているのです。

