迷走する司令官に憤り半分、あきれ半分

しかし、こうした乃木軍に対して、大本営は手を打てず、「命令系統」(満州軍総司令部→現地軍)を遵守せざるをえません。議論は、戦略レベルでもあり、二〇三高地を攻略すれば全要塞が落ちなくても、港内艦隊を沈めることができ、「作戦目的」は達することができるのですが、乃木軍は承知しません。乃木軍は、大要塞の正面から攻めるという姿勢を崩さずに、海軍の要請も突っぱねてしまいます。

「乃木軍司令部の無能による日本兵の集団自殺的な死」がいわれ、二〇三高地の重要性をむざむざロシア軍に教えたばかりか、(ロシア軍による)その要塞化も知らないというありさまで、第七師団が旅順に送られるとき、「日本の運命も悲痛であったが、この師団の運命も悲痛であった」と司馬は記します。

乃木とその幕僚の「罷免」を要求する声が、大本営では相次ぎました。要請のみならず、申し出にも頑かたくなで、攻城用の巨砲(28サンチ榴弾砲)を大本営が送ろうとしたとき、それを拒絶します。「送ルニ及バズ」というものであり、司馬は、「古今東西の戦史上、これほどおろかな、すくいがたいばかりに頑迷な作戦頭脳が存在しえたであろうか」と、憤りを越えて半ばあきれています。

旅港攻防戦における攻撃準備中の日本軍歩兵
旅港攻防戦における攻撃準備中の日本軍歩兵(写真=P. F. Collier & Son/Public domain/Wikimedia Commons)

命令系統を守るか、日本を守るか

旅順――二〇三高地をめぐる戦闘の記述は、児玉源太郎の登場によって、いっそう日本陸軍組織の抗あらがいに力点がおかれるようになります。児玉は「一国の安危を背負う」存在として、司馬によって描かれます――「日本そのものを、児玉は背負っていた」。

いたずらに犠牲者を出すばかりの第三軍を指揮するために出かけていくのですが、ここで「命令系統の破壊行為」という問題をはらんでしまいます。「しかし秩序を守って日本をほろぼしてもよい、というのか」と「非常の暴」をとらざるをえないことが、児玉の煩悶であり、司馬の問題提示でもあります。

戦いは「作戦」と「士気」である、との点が司馬の考えですが、双方に能力を欠く乃木軍に対する言葉をきわめた批判と、統率者としての児玉のみごとさが、司馬によって存分に描かれ、このあたりは『坂の上の雲』のヤマ場の一つでしょう。