「世界戦史にもまれにみる無能司令部」

驚嘆すべきことは、乃木軍の最高幹部の無能よりも、命令のまま黙々と埋め草になって死んでゆくこの明治という時代の無名日本人たちの温順さであった。(4‐181)


それでもなお、日本兵は自分の死が勝利への道につながったものであると信じ、勇敢に前進し、犬のように撃ち殺された。かれら死者たちのせめてもの幸福は、自分たちが生死をあずけている乃木軍司令部が、世界戦史にもまれにみる無能司令部であることを知らなかったことであろう。(4‐401)

司馬は、ここでは封建制によって培われた「お上への怖れと随順の美徳」を見出し、兵士たちにとって「命令」が絶対的なものであったとしていますが、司馬の議論の立場からいえば、「庶民」における近代の目覚め――「庶民」が「国民」になっていく過程を、ここに見て取ったほうが適切でしょう。国家のために死にゆく「国民」が、ここにいるのです。

同時に、司馬が、死に意味を求めていることも見逃せません。「無益に殺されてゆく兵士たち」という表現もあり、死に対してなんらかの意味付けを、司馬は行っています。『坂の上の雲』全体が、そうした意味の追求となっているともいえるでしょう。

戊辰戦争で生き残った乃木への評価

司馬のこうした議論は、〈近代〉と〈組織〉という、いっけん別々の焦点をもっています。司馬にとっては、旅順の要塞は〈近代〉そのものですが、それに対し乃木軍があまりにも「戦術上の初歩的な常識について無関心」であり、しかも頑かたくなです――「この程度の頭脳が、旅順の近代要塞を攻めているのである。兵も死ぬであろう」。こうした議論には、司馬の近代をめぐる二重の認識が示されています。

第一は、維新との連続性の指摘で、乃木らは戊辰戦争の生き残りであり、「私的事情と新国家の誕生とが一つのもの」であった世代です。乃木は「中世的な主従意識のもちぬし」であり、国家は「漠然としたもの」で、明治帝のみが乃木のなかではっきりしていた、というのが司馬の評です。

西南戦争出征前の乃木希典
西南戦争出征前の乃木希典(写真不詳、神島二郎『幕末・明治・大正・昭和日本人物百年史』(山田書院、1957年)より/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)