自分らしく生きるためにはどうしたらいいか。臨床心理士のジュリー・スミスさんは「ノーと言うことが自分にとって最善なら、罪悪感が消えるのを待つ必要はない。その気持ちを抱えたまま自分のための選択をしていい」という――。(第1回)

※本稿は、ジュリー・スミス『読むだけで心身が整う メンタルメンテナンス大全』(訳:山藤奈穂子、河出書房新社)の一部を再編集したものです。

手を突き出すスーツの男
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自分が消えていく「いい人症候群」

「他人にイエスと言うとき、自分にノーと言っていないだろうか」――パウロ・コエーリョ(ブラジルの作詞家)

できる限り「いい人」でいたい。それはとても大切なテーマだ。でも、自分のために立ち上がり、ノーと断る技術なしでは、人は生きられない。いい子であれ。親切であれ。迷惑をかけず、周りが喜ぶことをしろ。私たちはそう教えられ育った。でも実は、引き受けるべきでないことにノーと言うことこそが、最も人に迷惑をかけないのだ。

いつも「いい人」でいようとすると、相手の気分や考え方に沿う形で「いい人」にならざるを得ない。相手の言いなりになる。おうかがいを立てる。だが、真の「いい人」は違う。何が正しくて、何が間違っているか、自分の頭で考え抜く。他人の気分で揺らがない。

自分を守らなくてはならないときがある。大切な人の代わりに声を上げなければならないときもある。そのためのツールなしでは、声の大きな人に押し流される。

そんなツールなんて持っていない。自己主張できない、弱い自分がダメなんだ。

そう自分を責めたくなるだろう。でも、人の気持ちを汲み取り、悲しませないようにする力は、消し去るべき欠点ではない。それは特に子育てにおいて、ものすごい強みだ。子供が心から安心し、愛着の絆ができる。子供は自分らしく生き生きと育つ。

「どっちでもいい」を繰り返していないか

一方で、辛い子供時代を送ったあなたにその特性があるのなら、それは親ではなく子供であるあなたが親の顔色を読み、機嫌を取らなければ、生き残れなかったということだ。

周りに合わせる力は強みだ。欠点ではない。だが、ときには、勇気を武器に立ち上がり、自分を守るために闘わなくてはならない。そうしなければ、搾取される一方だ。

大げさではない。断れない、嫌だと言えない、自分の望みを抑える――そうしていると、そのうち信念や大切なものをも曲げる。自分自身を失う。本心がわからなくなる。自分を裏切り、人に合わせていると、悪循環が起こる。

ちょっとくらい大丈夫だと思うだろう。ダムに小さなひびが入ったところで、大したことではないと。だが、1つを許せば、2つ目、3つ目はさらに簡単になる。トランプの手札を1枚ずつ手放すようにして、私たちは自分自身を手放していく。

では、どう気付くか。いつも「どちらでもいいですよ」「どっちでも大丈夫です」と答えていないか考えよう。