罪悪感は持ったままでいい
罪悪感こそが、断りにくい理由だ。
ほんの少しの我慢だ、大したことない。しばらくはそう思う。だがその不満は積み重なる。消えない。もやもやが大きくなる。わけもなく苛立つ。隠しきれなくなる。機嫌が悪くなる。そして、あなたが気持ちをはっきり伝えないので、周りの人には理由がわからず、重苦しい空気が漂う。相手のために我慢したはずだったのに。
罪悪感なく断る方法はない。ノーと言うことがあなたにとって最善の選択であるならば、罪悪感を持ったまま、それを選び取るしかない。
感情は大切な情報源だ。だが、全てが正しいわけではない。そういう感情が自分の中にあること、その感情がある行動を取らせたがっていること、それに気付きながらも、感情に流されるのではなく、最善の選択を貫く。罪悪感は持ったままでいいのだ。そう思えれば、罪悪感に縛られず、動ける。
ノーと言うべきだとわかっていても罪悪感のために言えないなら、“マインドフルネス”が役に立つ。マインドフルネスとは、こんな気持ちがそこにあると気付きながら、その気持ちを打ち消さず、批判せず、距離を取り、自分を俯瞰することだ。
断るだけで罪悪感が湧く理由
「断るのは落ち着かない。相手に悪い。引き受けてしまいたい」。そんな衝動が自分の中にあると、ただ気付く。その上で、別の選択肢があること、自分にとって正しいことを選び取れる力も自分にあると気付く。マインドフルネスにはいろいろなやり方があり、私のYouTubeチャンネルでも、マインドフルネス瞑想を紹介している。ぜひ使ってみてほしい。
感情は今生まれたものだ。だが、過去の体験の残響でもある。子供は、周りの大人を喜ばせ、認められようとする。愛されるために。それは、生きるために不可欠だ。だから、周りを喜ばせることが最優先となる。成長しても、それは残る。自分の望みを優先しようとすると、条件反射のように罪悪感が湧き上がる。
子供のときは、その罪悪感が、生存のための重要な信号だった。見捨てられないように。嫌われないように。でも、もうあなたは大人だ。その感情の意味を書き換えていい。罪悪感があるということは、あなたが大切な願いを貫こうとしているサインだ。
抵抗し、自分のために立ち上がり、自分を守り、自己主張しようとしている。意見の食い違いを恐れていない。勇敢さの証だ。

