徳川家康の忠臣・石川数正は、なぜ主人を裏切り秀吉に寝返ったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「徳川家内で唯一、情勢を冷静に読むことができる武将だった。だが、それゆえに立場を失った。この数正の出奔により、家康も窮地に追い込まれた」という――。

石川数正の描き方は良かった「豊臣兄弟」

甲冑に身をつつんだ徳川家康(松下洸平)は、重臣たちを集めるといった。「これより織田信雄様の意を受け、逆臣、羽柴秀吉を討伐する。いまこそ、そのときじゃ!」。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第34回「最強のライバル」(9月6日放送)の、最後の場面である。

その場には、家康の人質時代から近くに仕える石川数正(迫田孝也)もいて、ほかの重臣たちとともに気勢を上げた。だが、そこに至るまでの数正の様子は、単純ではなかった。まず、主人の名代として大坂城を訪れ、羽柴秀吉(池松壮亮)にあいさつした際の表情が、まったく穏やかではなかった。広壮な城内は、諸国の有力大名からの贈り物のほか武器などがあふれ、各人が武芸の訓練に余念がない。

『長篠合戦図屏風』(成瀬家本)より石川伯耆守康昌(数正)
『長篠合戦図屏風』(成瀬家本)より石川伯耆守康昌(数正)(写真=中央公論社『普及版 戦国合戦絵屏風集成 第一巻 川中島合戦図 長篠合戦図』(1988)より/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

そんな様子を見せられれば、秀吉に逆らうのがいかに無謀であるか、嫌でもわかる。だから、秀吉からの茶会の誘いを伝えた際、家康に「わしは行かぬ、と言ったらどうなる?」と尋ねられ、「おそらくは、いずれ戦になります」と答えた。家康から「戦になったらどうなる?」と聞き返されると、今度は「手ごわき相手となります」と答え、「いまはまだそのときではない、ということか」という家康の問いに、首を縦に振った。

その後、織田信長(小栗旬)の次男の信雄(山脇辰哉)から、「われらの手で羽柴を討とうではないか」と誘われた家康は拒絶。数正は「よくぞ信雄様の誘いに乗らず、耐えられました」と、家康を褒めたのだが……。結局、家康は冒頭のように、信雄とともに秀吉と戦う決意をし、数正の表情はいっそう複雑になった。

この一連の流れ、石川数正の心中がよく描かれているように感じられた。