大企業の広告を取らなかった理由
「今こそ、あの『噂の眞相』があったら」と、ためいきまじりにつぶやくのは、私だけではない。「国境なき記者団」が2026年に発表した「報道の自由度」で、日本は62位。G7の中では最も低いレベルをキープしている。
公文書改竄の森友問題や、裏金と統一教会に真っ黒にされた自民党の腐敗の問題も解明されないまま、高市政権の誕生とともに、まるでなかったことのようにされ、なすすべもない。
権力者のスキャンダルを遠慮会釈なく暴いた『噂の眞相』が今も存続していたら、新聞やテレビも刺激されてもっと追及し、「報道の自由度」ランキングも30位くらいにはなっていたかもしれないと思う。
『噂の眞相』は、1979年に創刊し、2004年の休刊まで25年間続いた月刊誌だ。創刊者で編集長の岡留安則は、2019年1月31日に病死した。享年71歳だった。
岡留が1人で創刊した同誌は、年とともにその知名度と刊行部数を伸ばし、休刊時には編集部は約10名のスタッフを抱え、発行部数20万部を誇っていた。休刊の理由は部数の落ち込みでも経営の行き詰まりでもなく、後継者の不在であった。そのいきさつについては、拙著『スキャンダル雑誌のつくりかた 『噂の眞相』人名録』に詳述しているので、そちらを参照してほしい。
『噂の眞相』はJRやトヨタ、東京電力、東京ガスといった大企業の広告を載せなかった。広告を取れば、その会社のトップのスキャンダルを書きにくくなるからである。
これは雑誌経営として考えれば簡単な話ではない。広告収入は雑誌を支える大きな柱だ。私はかつて企業広告によって成り立つ経済誌『現代ビジョン』の編集部で10年働いたから、広告主と編集部の緊張関係は身にしみて知っている。
言論の自由は空気みたいに獲得できない
岡留安則も、業界誌や小さな媒体から出発した人間だった。メジャーなマスコミ出身ではない。「言論の自由は空気みたいに獲得できるものじゃない。言いたくても表立って言えないことだってある」という屈折を持っていたのだと思う。だからこそ、広告をもらって書けなくなるくらいなら、最初から広告を取らない。大企業の社長や会長を斬る自由を確保するための選択だった。
一方で『噂眞(うわしん=噂の眞相の略称)』は、新聞やテレビ局がまず扱わない性風俗の広告をガンガン載せた。扉絵もエロである。芸能人や文化人が裸で絡み合うような卑猥な絵が、いきなり誌面に出てくる。
エロと猥雑、冤罪や差別などの社会問題、さらには権力者の不正が同じ誌面に同居して何が悪い。それが岡留安則イズムだった。
私はここに逆説を見る。気取った新聞やテレビは、警察、検察、裁判所など権力側の発表に乗った記事を書いてしまうことがある。一方、「下品なエロ本だ」と後ろ指をさされる雑誌は、失う権威がそもそもない。だからタブーを恐れず書きやすい。
もちろん、下品なら何を書いても正しいという話ではない。しかし、上品さや社会的信用を守ろうとすることが、ときに取材対象との距離を縮めすぎて取り込まれてしまう。『噂眞』はその逆を行った。

