もともとはJR東日本の社宅だった

大井町トラックスの敷地の一部はJR東日本の社宅の跡地である。

この社宅はJR東日本の前身の国鉄が自社の職員の住宅として1965(昭和40)年から翌1966(昭和41)年にかけて建設した広町ひろまちアパートをルーツにもつ。約2万9000平方メートルの敷地に12階建てのアパートが6棟建ち並んでいた。

1棟当たり120戸、6棟合わせて720戸が居住可能で、合わせて2000人から3000人ほどの人たちが暮らしていたという。