30年前の新聞記事が起源だった?
ただ、1996年4月26日付の毎日新聞に掲載された学生記者による記事では、JR東日本は金券ショップとの関係には言及していないものの、それに関連付けるような形で当時の金券ショップの実情が記されており、これが「金券ショップ対策説」の起源となった可能性がある。
JR東日本に聞くと「制度の基本的な所は同じです。最近は学生さん以外の利用者が増え、正規料金がもらえるはずの人たちが使っている。改訂は本来の利用をお願いするためです」(JR東日本関係者)。
一方では、こんな事情もある。青春18きっぷを使う場合、日帰り客は少ない。2回旅行して、2往復しても1枚は余る。JRでは払い戻ししないからそれが金券ショップに持ち込まれる。金券ショップでは原価かそれより少し高く引き取ってくれる。こうしたバラ売りは大学生協でも売られていたという。そんな切符を出張などに利用するサラリーマンが増えたことが改定につながった……。
(毎日新聞夕刊[キャンパる]学生の味方だったのに…――青春18きっぷ、2月20日に「改定」)
一方では、こんな事情もある。青春18きっぷを使う場合、日帰り客は少ない。2回旅行して、2往復しても1枚は余る。JRでは払い戻ししないからそれが金券ショップに持ち込まれる。金券ショップでは原価かそれより少し高く引き取ってくれる。こうしたバラ売りは大学生協でも売られていたという。そんな切符を出張などに利用するサラリーマンが増えたことが改定につながった……。
(毎日新聞夕刊[キャンパる]学生の味方だったのに…――青春18きっぷ、2月20日に「改定」)
また、この記事では、「改定で利用者離れが起きるかもしれない。利用者本位に考えるのが本当の民営化ではないのですか。JRさん」と締めくくられていたことも象徴的だった。
金券ショップと青春18きっぷは「同級生」
そもそも「金券ショップ」という存在は、いつ頃から市民権を得るようになったのだろうか。
金券ショップの歴史は、諸説あるが、半世紀以上前に大阪で始まった地下鉄回数券のばら売りという個人ビジネスにさかのぼるという。大きな転換期を迎えたのが1980年代。1982年に東京の新橋駅前にあるニュー新橋ビルで切手や古い紙幣などを扱っていた店舗が、商品券に着目しディスカウントチケットを専門に扱うようになったことがきっかけだった。
これが、バブル景気の波にも乗り、ニュー新橋ビルは10店舗以上が軒を連ねる、東京を代表する金券ショップ街へと成長していったのだ。
この時期は、鉄道の世界でも大きな変化が起きていた。1982年には東北新幹線と上越新幹線が開業し、同じ年には青春18きっぷの前身となる「青春18のびのびきっぷ」が登場している。金券ショップと青春18きっぷは、実はほぼ同じ時代に世の中に登場したのである。

