3000億円の大型案件で眠れぬ夜が続いた

――HBSを卒業した後はUAE(アラブ首長国連邦)アブダビに渡り、IWPP(※)の開発折衝を担当します。

※IWPP(Independent Water and Power Producer):発電設備と海水淡水化設備(造水設備)を一体として建設・運営し、電力と水を組み合わせて供給・販売する独立系発電・造水事業

総事業費は約3000億円。丸紅が初の事業開発コンソーシアム(共同事業体)のリーダーとなる、その意味でも大型の案件でした。

当時の丸紅は経営が非常に苦しい状況で、新規案件の入札では失注が続いていました。「この入札で負ければ、部ごと取り潰しだ」という覚悟で、背水の陣で臨みました。

「敗因」を分析するために過去の入札結果をすべて洗い出してみると、応札額が欧州の競合と当社との間に5%~10%の差がある。でも、なぜ彼らがその水準の価格を出せるのかまではどうしても解明できません。それでも、この差を超えなければ彼らに勝つことはできない。

そこで、入札時の表面価格は相手と同じ水準に置き、その代わりに付帯条件を付ける戦略をとりました。まずは交渉の権利を勝ち取ろう、というわけです。

それが幸い機能して一番札を取ったのですが、そこからは厳しい交渉の連続でした。交渉が進むにつれて、付帯条件として交渉余地を残しておいた価格や条件を個別に議論していく。ここにかなり神経をすり減らしました。約1年間、中東とロンドンを行き来して張り付いていましたが、眠れぬ夜が続きましたね。

約1年にわたり眠れぬ夜が続くほど、神経をすり減らした厳しい交渉だったという
撮影=門間新弥
約1年にわたり眠れぬ夜が続くほど、神経をすり減らした厳しい交渉だったという

ギリギリの交渉でも「絶対に嘘をつかない」

――最終的にどう着地したのでしょうか。

幸運にも恵まれて、なんとか合意にこぎつけました。その後に、印象的なことがありました。

ギリギリの交渉が続く中で、一貫して守り続けていたのは「絶対に嘘は言わない」というポリシーです。価格の調整過程も全部トランスペアレント(透明)にして、一つひとつ理由を説明していました。

契約の最終調整の局面でのことです。交渉の席上で相手が「丸紅は終始、正直な交渉をした。その誠実さに敬意を示してプレゼントしたい」と、相手方の取り分とされていた約1300万米ドル(当時のレートで約14億~15億円)の受け取りを放棄したんです。「あなたがたのがんばりと、正直さに心を打たれた。これからもがんばってくれ」と。

嬉しかったですね。苦しい中でも「正しいこと」を貫けば、そこへの信頼が合理性や利害を超えて評価される――そのことを心から実感した瞬間でした。