【連載 私の30代 第1回】30代は「正解なき決断」の連続だ。MIXI(ミクシィ)創業者の笠原健治さん(50)は30歳のときに東証マザーズへ上場し、直後には時価総額が2200億円規模となったものの、37歳で社長を退任した。その決断を、今どう見ているのか。ノンフィクションライターの伊田欣司さんが取材した――。
MIXI創業者の笠原健治氏。左が30代当時、右が現在(50歳)
左)写真提供=MIXI、右)撮影=遠藤素子
MIXI創業者の笠原健治氏。左が30代当時、右が現在(50歳)

上場企業の会長が「公園でチラシ配り」

桜の花が舞い散る駒沢オリンピック公園。花見客のなかに幼い子を連れた親を見かけると、頭を下げながら歩み寄って、1枚のチラシを差し出す。スマートフォンアプリ「家族アルバム みてね」(以下「みてね」)の紹介だ。

いいアプリができたと自信はあった。実際に使ってもらえば、わかってもらえるはず。しかし期待したほど反応はよくなかった。チラシを渡しても、なかなかじっくり話を聞いてもらうまでにはいかない。

受け取ったほうも、まさかミクシィの取締役会長(当時)が自ら宣伝活動に汗をかいていると思わなかっただろう。「みてね」が正式リリースされた2015年4月のことだ。いまでは世界で3000万人以上が登録し、国内ではママやパパの65%(2024年12月時点)が利用する人気アプリがスタートしたのは、笠原健治さんにとって30代最後の年だった。

37歳で社長を退任し、現場に戻ったワケ

代表取締役社長から代表権のない会長に退いたのは2年前(2013年6月)、37歳のときだった。“パソコン時代”のSNSとして一世を風靡した「mixi」の人気は衰え、業績不振から株価は下がっていた。2013年4~6月(2014年3月期第1四半期)の連結決算では上場後初の四半期赤字となった。

「2010年頃から同時多発的に試練の波が押し寄せました。携帯電話がガラケーからスマホに切り替わり、SNSがスマホ中心になる。ツイッター(現・X)、フェイスブック、インスタグラムなどが日本に上陸してくる。mixiは新しいサービスに押されてジリ貧になり、新規事業が大きな経営課題になりました」(笠原氏)

事態を打破すべく、笠原さんは自ら新規事業を立ち上げる決意を固め、社長を退任してビジネスの現場に戻った。その後、自らの原体験から「みてね」の事業を発案。アプリ開発やユーザーテストを繰り返し、2年近くかけてようやく正式リリースにこぎ着けたところでのチラシ配り。有名経営者に似つかわしくない、泥くさいプロモーション活動だった。