「ネット第3世代の旗手」として、時の人に

ミクシィが東証マザーズに株式上場したのは2006年9月、笠原氏が30歳のときだった。

2004年にサービス開始したSNS「mixi」は、当時のインターネット空間を塗り替える勢いで広がった。友人や知人とネット上でつながり、日記を書き、コミュニティーで交流する。現実の人間関係が反映されるコミュニケーション空間は、匿名掲示板とは異なる熱気を生み出していた。大学生を中心に友人、サークル仲間、元恋人まで、みんなmixiでつながっていた時代だ。

2005年に利用者100万人を突破。ユーザー招待制のしくみも話題を呼び、上場前には500万人を超えていた。

株式市場の反応も凄まじかった。公募価格155万円に対して、買い注文が殺到して初日は値がつかず、翌日に295万円の初値を記録。時価総額は約2200億円に達し、新興3市場で第6位の規模となった。笠原さんは「ネット第3世代の旗手」としてメディアに連日登場し、“時の人”となる。

東証マザーズへの上場に伴い記者会見するミクシィの笠原健治社長(2006年9月14日、東京・中央区の東京証券取引所)
写真=時事通信フォト
東証マザーズへの上場に伴い記者会見する笠原氏(当時30歳)

ただ、当時のSNSはまだ目新しい存在だった。

SNSが「社会に認められた」瞬間だった

「ちょっと怪しいぞ、出会い系じゃないのか……という見方も一部にはありました」と笠原さんは苦笑する。

ミクシィの株式上場は、SNSという新しいサービスが社会的に認められたことにもなる。

「自分たちのビジネスが社会的に認められた瞬間でもあったので、非常にうれしかったですし、身が引き締まる思いでした。広告の収益を安定的に伸ばすきっかけにもなり、上場会社となって優秀な人たちがたくさん入社してくれるようになりました」

mixiのコンセプト「コミュニケーションのインフラを目指す」も広く知られるようになった。翌2007年にmixiの会員数は1000万人を突破し、月間ページビューは109億を超える。日本最大のSNSへ成長していった。

もちろん、利用者数が爆発的に増えれば、それだけ大きな責任も伴う。

「重圧はありつつも、コミュニケーションのインフラをつくるという目標に向かって進んでいる手応えがありました」

30歳の笠原氏は、日本のインターネット文化の中心に立っていた。