25年産米の価格上昇の説明ができていない

SITO.氏の主張の決定的な問題は、25年産の生産量が増加したというファクツを考慮していない点にある。

仮に、消費者がパニックになると米価が上がるという説が正しいとしよう。しかし、25年産の生産は1割も増加している。民間在庫は24年秋と異なり、史上最高の水準になっている。これは供給過剰であることを示している。

国民・消費者は、マスコミの報道を通じてこれらの事実を知っている。「需給逼迫が生み出したコメ不足への恐怖や不安」や「不足するかもしれないという心理」は25年秋には完全に消滅している。消費者はパニックになりようがない。しかし、米価は24年産から25年産にさらに一段上がっている。

【図表】60㎏玄米相対価格推移
図表=筆者作成

これまで述べてきた通り、24年産米が2万5179円となり23年産米(1万5315円)より64%も増加したのは、23年産米が猛暑の影響を受け、その供給減少分40万トンを24年産米から先食いしたため、24年10月から25年9月まで供給されるコメの量がその分減少したからである。

パニックではなく需要と供給の経済学が示す通りだった。しかも、これは天災だった。

では、25年産米の相対取引価格の年産平均が3万5573円まで上昇したこと(23年産米から24年産米は64%上昇、24年産から25年産米はさらに41%上昇)をSITO.氏は、どう説明するのだろうか?

生産は増えているので、消費者は不足するかもしれないという心理に駆られてパニックになる必要はない。他の条件が変わらず、2009年に農水省が用いた需要の弾性値が現在にも当てはまるなら、理論的には生産(供給)が10%増えれば、25年産米の米価は33%減少し、1万6870円となる。

「仕入れ価格」と「市場価格」は別問題

最近では、26年6月末の民間在庫は2014年を上回る過去最高の243万トンに大幅に増加し、来年6月には263万~281万トンまで増えると農水省は見通ししている。

一転して大幅なコメ余りとなり、JA農協は米価暴落を恐れて政府に備蓄米として民間在庫を買い入れるよう要求している。

しかし、コメが売れずに余っているなら、なぜコメの値段はもっと下がらないのか。

SITO.氏は「一部の集荷業者が高値を提示したために、JAも概算金を引き上げざるを得なかったからだ」と反論するかもしれない。しかし、それは単なる「仕入れ」の都合に過ぎない。

経済学の常識では、いかに高く仕入れた商品であっても、これだけの供給過剰になれば、保管コストや資金繰りに窮した業者が赤字覚悟で在庫処分(損切り)に走るため、販売価格は下落するはずである。しかも、概算金が仮渡金に過ぎず最終米価ではないし、相対取引価格は年間同一価格ではなく変動する。

今のコメの生産量は年間750万トン程度だ。対して2014年ころは790万トンあった。在庫量が同じでも在庫率(過剰感)は現在のほうが高い。過去最高の在庫なら、精米5kgのコメの値段は2000円を大きく下回るはずだ。

【図表】各月民間在庫の前年差の推移
図表=筆者作成

また、相対取引価格は25年産の約3万6000円に対し、14年産は約1万2000円とほぼ3分の1である。筆者の試算では、玄米60kg1万2000円なら精米5kgの価格は1500円になる。しかし、コメの値段は下がっているとはいえ、3300円超で高止まっている。

これだけコメ余りが報道されても、まだ消費者は不足に対する不安を持っていると主張するのだろうか? SITO.氏は、消費者がパニックにならず、しかも生産量が増えるのに、米価が高騰することを新しい経済理論で証明する必要がある。