コメ以外の選択肢がある

これに対し、戦後食生活は洋風化し高度化した。油脂や畜産物の消費が高まり、コメの消費量は年々減少し、主食としての地位が大きく低下した。コメの年間一人当たりの消費量は、1960年115kg、80年79kg、2000年65kg、2020年51kgと減少している。

レストランで友人と昼食をとる若い女性
写真=iStock.com/painauchocolat
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さらに、小麦等の輸入が増加し、コメの代替品が増加している。コメがなくても、パン、そば、ラーメン、スパゲッティやうどんを食べればよい。今回もコメの値段が上がったので、パンやうどん等に切り替えた人が多い。逆に、小麦価格が上昇し、パンの値段が高くなるとコメの消費が増える。

つまり、経済学の代替性が妥当するのである。コメしか食べるものがない戦前・戦後の食生活と異なり、他に食べるものがあればパニックにならない。「主食」という言葉に騙されないほうが良い。もうコメは主食ではないという農業経済学者もいる。農業界はコメは主食だと強調するが、かれら自身が主食であるコメを減反して平気なのだ。

「コストプッシュ」と「市場心理」はどうつながるのか

SITO.氏は冒頭に示した記事で、2025年について一部のJA「外」の業者が高額な値段を提示して集荷にまわっていたため、JAとしては在庫を確保するため概算金を引き上げ、結果的に2025年産米が豊作傾向だとわかる頃にはコメの取引価格が上がりきっていた、と説明している。

つまり、「一部の集荷業者が高値の買取価格を農家に提示したために、JA農協も高い概算金を農家に提示せざるを得ず、これが卸売業者にJA農協が販売する際の相対取引価格に反映され、スーパー等でのコメの値段も上がった」と主張しているのだ。

これは「コストプッシュインフレ」(編集部注:需要が高まったわけではないが、供給側の事情ーー原材料費やエネルギー価格、賃金などの生産コストの上昇などーーで価格が上がること)が起こったという説明である。

他方で、米価高騰は「不足するかもしれないという心理」によるという。消費者の買い急ぎが価格高騰の起点だったとすれば、以下のようなストーリーになる。

パニックになった消費者がスーパー等小売業者に押しかけ、スーパー等は限られたコメを消費者に販売するためにコメの値段を上げざるを得なくなった(価格を上げると需要量は減るから)。スーパー等も他の競合店と競争しなければならないので、卸売業者に高い価格を提示しないとコメを仕入れることはできない。卸売業者も同様に高い価格をJA農協、最終的には農家に払わざるを得なくなる――。

つまり、こちらは「デマンドプルインフレ」(編集部注:需要が高まっているが、供給が足りずに価格が上がること)である。

一つの記事の中で、集荷業者によるコストプッシュと、消費者心理によるデマンドプルという二つの異なる説明を示している。しかし、両者の関係については説明されていない。

後者の市場心理が存在しないことはこれまで述べてきたとおりである。また、前者については、競争が機能する市場であれば、需給が緩和していくことが予想される中で、集荷段階での一時的な高値仕入れだけで、販売価格の高止まりが長期化するとは考えにくい。それが市場全体で持続するには、通常の市場で作用する以外の要因(市場への歪み)が働くからである。