バブル崩壊が「追い風」になった

しかし、全く知名度がなく、均一価格で安売りをする鳥貴族の経営は伸び悩む。皮肉にも、そんな鳥貴族を押し上げたのは不況だった。1991年からはじまったバブル崩壊で格安物件が増えたのだ。保証金はそれまでの約5分の1、家賃は2分の1に下がった。「ようやくビジネスモデルが時代の経済条件とマッチした」と大倉社長。

そこから出店攻勢がはじまった。決定打となったのは、2003年に35店舗目としてオープンした店だ。場所は、ネオン輝く道頓堀。動くカニの看板で名高い「かに道楽」の隣のビルに、鳥貴族は初めて“空中階”の店を構えた。

集客は「ロケットスタート」だったそうだ。人通りが多く、また「飲食ビル」というロケーションも幸いした。そのころ最も勢いのあった「和民」も入っており、ビル自体の集客力もすさまじかったという。最初は他店に入れなかったお客さんが「おこぼれ」のように来ることもあった。

「今までローカルで苦労していたのに、本当に一気に成功したんですよね。1階の路面店では家賃と保証金が合わず諦めていた一等地にも、空中階なら出られるとわかりました。それでどんどん店を増やしていったんです」

2003年の道頓堀への出店が転機となり、鳥貴族は一大チェーンへと駆け上がった
撮影=水野浩志
2003年の道頓堀への出店が転機となり、鳥貴族は一大チェーンへと駆け上がった

鳥貴族はたちまち、都市の中心部へと広がっていった。大吉があるのは住宅街が中心だ。出店エリアも真逆となった。

「大吉は今、サントリーのものですよ」

鳥貴族と大吉とに思わぬ接点が生まれたのは、2012年ごろのことだ。

鳥貴族は300店舗を突破し、2014年にはジャスダックへの上場を控えていた。一方の大吉は1000店を超えるピークは過ぎていたものの、663店舗と倍以上の規模だった。

知人の紹介で、当時大吉の社長だった牟田稔氏と食事をした大倉氏は、衝撃を受ける。

「『大吉は今、サントリーのものですよ』と聞いてね。まだ創業家が持っていると思っていたので、驚きました。その時から、どこかで将来一緒になれればいいなと頭に描いていました」

しかもサントリーは、鳥貴族にとってふだんから酒類を仕入れる取引先でもあった。焼鳥の経営が専門ではない親会社で、しかも付き合いのある相手――「これなら、いつか手放す日が来るかもしれない」。そう思えたことが大きかった。

会食はその後も定期的に行われ、2022年、ついにチャンスが訪れる。多くの店が休業を余儀なくされたコロナ禍を経て、サントリーとの買収交渉が始まったのだ。

当時鳥貴族の店舗は約600店舗で、大吉は約500店舗。

2012年に倍以上の差があった店舗数は、この10年で逆転していた。「いつか抜いてやる」と、かつて見上げていた背中に、鳥貴族はいつのまにか追いつき、追い越していたのだ。だが、このとき大倉氏の心にあったのは、もう勝ち負けではなかった。

合併すれば1000軒以上だ。鳥貴族、大吉ともに、セントラルキッチンを持たず、自店で仕込みをしている。つまり、味とクオリティを含め、名実ともに日本一の焼鳥チェーンが誕生する。