英国大使館裏やホテルオークラの駐車場で

検察のシナリオでは、72年8月23日、丸紅の檜山広社長らが首相に就任したばかりの田中氏を訪問した。檜山社長がロッキード社の旅客機を全日空が導入できるように運輸大臣などに働きかけてほしいと依頼し、その謝礼として5億円を支払うことを申し出た。田中氏は「丸紅がロッキードのエージェント(代理店)だったか。よしゃ、よしゃ、わかった」と快諾したというものだ。

72年10月に全日空がトライスターの導入を決定した後、ロッキード社から丸紅を通じて田中氏サイドへ現金5億円が渡されたことになっている。

内閣総理大臣に就任した頃の田中角栄の肖像写真
内閣総理大臣に就任した頃の田中角栄の肖像写真(写真=歴代総理の写真と経歴、首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons
たなか・かくえい●1918年生まれ。建設業界から政界に進出し、47歳で自民党幹事長、54歳で首相就任。全国の高速道路網整備や日中国交正常化を実現した。尋常高等小学校卒という異例の学歴から「今太閤(現代版豊臣秀吉)」ともてはやされた一方、金脈政治への批判も絶えず、辞職後にロッキード事件で逮捕・起訴された。

不可解なのは5億円の受け渡し方法で、4回に分けて行っていることだ。ロッキード社東京事務所で段ボール箱に入った現金を受け取った丸紅の伊藤宏専務が、田中氏の秘書だった榎本敏夫氏に手渡したというものだ。