「老害」にならない人は素直に謝れる
きまじめでプライドが高く、思い込みも激しくて自分の成功体験に頼っている人は年を重ねると頑固になってきます。自分の考え方を変えると周りから優柔不断なやつだと思われるから、頑なに自分が言ったことを守ろうとします。
それを続けていたら、「老害」と言われて嫌われてしまうかもしれません。では、どうすればいいか。「以前はそう思ったけど考えを変えました。すみません」と素直に謝ったほうが、好感度はグンと上がります。
特に嫌がられていた人が実はいい人だったという場合は、普通のいい人より好感度が上がりやすいもの。ヤンキーがお年寄りや野良猫に優しくしているところを見て、「キュン」とするのと一緒です。
そういうことなので、人生後半は柔らか頭でいきましょう。徳川家康公の理念や理想の神髄として伝わる「東照公御遺訓」には、まさに僕の言いたいことが記されています。
人の一生は重荷を負て遠き
道をゆくが如し いそぐべからず
不自由を常とおもへば不足なし
こころに望おこらば困窮したる
時を思ひ出すべし 堪忍は無事
長久の基 いかりは敵とおもへ
勝事ばかり知てまくる事を
しらざれば害其身にいたる
おのれを責て人をせむるな
及ばざるは過たるよりまされり
「急がず、怒らず、不自由は当たり前と思って勝つことばかりを考えない。そして人を責めず、やりすぎるよりも足りないほうが優っている」
これを頭の隅においておけば、きっと心穏やかな一生を過ごせるのではないでしょうか。
「論破」で得られるものはない
60歳以上になると、嫌われる人と好かれる人がはっきり分かれてきます。
嫌われる人の特徴は前述しましたが、「プライドが高い、思い込みが激しい、成功体験をひけらかす」、いわゆる頑固な人です。
成功体験やプライドが高いとやりがちなのが「論破」。最近は論破が流行っていますが、それをあえてしないことで長期的な利益が得られます。論破する人は他人を叩くことで気持ちよくなっているだけなので、周りから見ればただの「うざい人」になります。そうなってしまうと、人間関係もこじれてしまいます。
もっといえば、相手を追いつめるような質問もNG行動になります。政治家の記者会見などでも見られますが、相手を窮地に追い込んで言質を引き出そうとするやり方は、嫌われる原因のひとつです。自分が言われる立場ではなくても、見ていても気分のいいものではありません。
論破したがるのは男性に多いような気がしますが、それは、自分は頭がいいと勘違いして、ほかの人を下に見ており、自分の思うように動かしたいと思っている人が多いからではないでしょうか。
その場では言い負かして気分がいいかもしれませんが、論破しても相手とわだかまりを残してしまうことになってしまいますので、その後、関係修復が難しくなるでしょう。
たとえ筋の通った理屈で論破したとしても、一文の得にもなりません。

