「国民的」を引き継げる者はいるか
ひるがえって、嵐が活動を終えたあと、彼らの立場を引き継げるアイドルは、どこかにいるのだろうか。YOSHIKIやEXILEのように、歌手としての人気と実力に疑問を挟めないアーティストは、いまも、これからも私たちを楽しませてくれるに違いない。そうした実力派の歌い手が、今後開かれる可能性のある「国民祭典」で「奉祝曲」を披露する日も来るだろう。
けれども、誰もがその名前を知っているどころか、大多数の人たちに好かれる位置にたどりつける「国民的」アイドルの後継者は、少なくとも現時点では、見出せていないのではないか。いわんや、皇后陛下の御心を動かすような、そんな歌唱のできるアイドルグループにおいてをや。どこにいるのだろうか。
嵐が偉大なのは、雅子さまが涙を流したから、ではない。それよりも、このエピソードさえ、唯一無二ではないところにある。思い出に残るひとこまとして、それこそ「消費」されかねないほどに、彼らの長く、多岐にわたる活躍の歴史のなかでは、大き過ぎるわけではない。
これほどまでの存在を失ってしまう私たちは、喪失感に打ちひしがれている場合ではない。それよりも、彼らの残してくれた大いなる遺産を尊び、私たちの文化をより豊かにする礎として、継承し、語り継いでいかなければならない。それが、「国民的」な人たちに対する礼儀にほかならない。
いや、本音を言おう。そうでもして無理やりにでも前を向かないと、彼らのいない「令和への旅」を想像すらできないのである。

