辞書にさえ載らない「奉祝曲」とは何か
国語辞典を開いても「奉祝曲」ということばは、ほとんど見当たらない。「奉祝」は、「つつしんで祝うこと、心から祝うこと」を意味する(『日本国語大辞典』小学館)のだから、その楽曲が「奉祝曲」であるが、そこに挙げられている用例は、1908年や1913年のものであり、日本語の歴史のなかでは、長くはない。
「奉祝」が大きく使われたのは、いまから86年前、1940年だった。その年は、初代・神武天皇の即位から2600年にあたるとして「紀元2600年記念式典」が行われ、そこで演奏されたのが「奉祝舞楽」だった。
嵐による「奉祝曲」は、この「奉祝舞楽」のリバイバルであり、1999年、当時の天皇陛下の即位10年を祝して行われた「天皇陛下御在位十年をお祝いする国民祭典」から続くものである。
1999年の式典では、皇居前広場の特設ステージに置かれたピアノで、YOSHIKIが「奉祝曲 アニバーサリー」を披露した。その10年後、即位20年を祝う「天皇陛下御即位20年をお祝いする国民祭典」では、EXILEが「太陽の国」を歌い上げた。
YOSHIKIによる演奏も、EXILEによる歌唱も、どちらも大きな注目の的となり、また、さまざまな議論を生んだ。日本政治思想史を専門とする原武史氏は、前者について「楽譜すら、ほとんど残っていないといってよい」以上、「天皇や皇太子に一時的に捧げられる『消費財』」だと述べた(※1)。
「YOSHIKI」「EXILE」との決定的違い
では、嵐の「Journey to Harmony」もまた、「消費財」として、忘れ去られる定めなのだろうか。
たしかに、デビュー曲「A・RA・SHI」ほど知られてはいない。あるいは、東京2020オリンピック・パラリンピックのテーマソング「カイト」の売り上げには及ばない。「Love So Sweet」よりはカラオケで歌われる機会も少ない。この奉祝曲を嵐の代表曲とは言いがたい。
かといって、2019年のあの式典だけで、あとは誰もが覚えていないのかといえば、どうだろうか。嵐の姿は、老若男女を問わず、多くの日本人が目にしてきたし、その名は誰もが知る「国民的」な存在である。
ただ、たとえば、YOSHIKIやEXILEが、それほど、つまり、年代や性別にかかわらずたくさんの人に知られていたのかといえば、断言しにくい。もちろん、彼らを貶めたいわけではない。それよりも逆に、嵐の存在感が特別だったと捉えられるのであり、また、その点で、あの「奉祝曲」の意味もまた違って見えてくる。
※1:原武史『増補 皇居前広場』ちくま学芸文庫、2007年、249ページ

