経営の神様は「サボりの神様」だった
幸之助は、自分の弱さを隠さなかった。成功の理由を問われると「学歴がなかったからや。家が貧しかったからや。体が弱かったからや」と必ず答えた。弱点があったからこそ、常識にとらわれない革新的な経営システムを構築できた。
そして何より、「できるだけ楽をしたい」という人間の本音に正直だったから、誰もが働きやすい会社を作れた。
興味深いエピソードがある。ある時、幹部社員が「社長、もっと体を大切にしてくだい」と心配すると、幸之助はこう答えたという。
「君らが心配することはない。わしが倒れても会社は回る。そういう仕組みを作ってきたんや。むしろ、わしがおらんでも回る会社こそ、本当に強い会社や。わしは毎日お汁粉でも食べとったらええねん」
――最後のお汁粉の一言は私の創作だが、きっと心の中では思っていたはずだ。
幸之助は94歳で亡くなる。結局、死を覚悟してから70年以上生きたことになる。
「サボりながら」長生きし、「サボりながら」巨大企業を築き上げた。それは、サボることを単なる怠惰ではなく、戦略的な選択として昇華させたといえるだろう。
みんながサボっても大丈夫な組織を作れ
幸之助は二宮尊徳の「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という教えを、生涯大切にした。そして、幸之助はそこに新たな真理を加えたのかもしれない。
「休息なき労働は破綻であり、労働なき休息は堕落である」。働くことと休むことのバランス、そして何より「いかに上手にサボるか」こそが、持続可能な成功の秘訣なのだ。
働き方改革が叫ばれる今、大切なのは「自分がサボっても価値を生み出し続ける仕組み」があるかどうかだ。お汁粉屋になり損ねた男が残した最大の教訓は、「本気でサボりたいなら、まず本気で仕組みを作れ」ということだろう。
病弱な少年時代を過ごし、94歳まで生きた幸之助。きっと天国では「今日は調子いいけど、あえて寝とこ」と言いながら、雲の上でゴロゴロしているはずだ。「経営の神様」ではなく「サボりの神様」と呼ばれていたら嫌だけど。


