「自分が働かないほうが会社は成長する」

「衆知を集める」経営も早くから実践していた。自分一人の知恵には限界がある。ましてや病弱で動けない日が多い自分には、なおさらだ。だからこそ、社員一人ひとりの知恵を結集する必要があった。

新入社員でも意見をいえる提案制度を設け、現場の声を積極的に吸い上げた。これも見方を変えれば「自分で考えるのをサボって、みんなに考えてもらう」システムだ。

幸之助は1945(昭和20)年くらい(50歳の頃)までは寝たり起きたりしつつ経営に当たった。面白いのは、彼が「働けない」と「働かない」の境界線を曖昧にしていったところにある。

最初は病気で働けなかったが、次第に「自分ががむしゃらに働かないほうが会社は成長するのでは」と気づき、意識的にサボるようになる。

「今日は調子がいいけど、あえて寝とこ」――そんな日もあったに違いない。そしてその選択が、結果的に会社の成長を加速させた。

日本で初めて「週休2日制」を導入

1965(昭和40)年に日本で初めて導入した週休2日制もその延長線上にある。高度経済成長期の真っただ中、誰もが24時間戦っていた時代に、あえて休みを増やす逆張りの決断を下した。

周囲からは「そんなことをしたら競争に負ける」「甘やかしすぎだ」と猛反対されたが、幸之助は譲らなかった。

「1日休養、1日教養」

週休2日の意義をこう表現した。土曜日は体を休め、日曜日は教養を高める。自分自身が病弱で休まざるを得なかった経験から、人間には適切な休息が必要だと身をもって知っていた。

図書館の机の上に積み上げられている本
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何より、「みんなでサボれば怖くない」という真理を理解していたのだろう。実際、週休2日制導入後も業績は順調に伸び続けた。むしろ、優秀な人材が集まるようになり、社員のモチベーションも向上した。残業も減り、効率的な働き方が定着した。「サボることを制度化」したら、会社はもっと強くなったのだ。