謝るべきだが反省する必要はない

<strong>宗教人類学者 植島啓司</strong>●東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。関西大学教授などを歴任。著書は『偶然のチカラ』など。
宗教人類学者 植島啓司●東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。関西大学教授などを歴任。著書は『偶然のチカラ』など。

はっきりと悪口を聞かれてしまったのであれば、まずは、すぐに上司に謝るしかないですね。誠意ある態度で謝罪する。その場を収める。そして今後の仕事をきっちりこなすことで挽回し、その上司からの信頼を回復する。それがベストな対応策でしょう。

もっとも謝ったからといって、反省する必要はありません。まして、その出来事について気に病んだり、自分を否定しては絶対にいけない。上司に対する不満を生じさせた状況について、あなたが自分の考えを曲げる必要はないと思います。

自分の考えは考えとして、尊重する。上司に謝罪するのは、組織で働く一社会人としての失態を謝罪するということ。それは、あなた自身が自分のうちに抱く意見や考えと、分けて考えるべきものです。

人間は多面的な存在です。どんな場面に遭遇しても、自分は自分なのだから首尾一貫していなければならない、などと考えるのは間違っている。そんな考えは、病気のもとです。

狂言に、「月見座頭」という演目があります。秋の夜、目の見えない座頭が野に月見に出かけます。出かけた先で通りかかった男と酒を酌み交わし、愉快な夜を過ごす。ところがその男と別れてまもなくすれちがった別の男に、座頭は引き回され、突き倒されてしまう。座頭には相手が誰だかはわかりません。でも観客には、わかるのです。さっき座頭と楽しく酒を酌み交わした男が、一瞬のうちに気を変えて座頭に暴力を振るったということが。