満面の笑みで「サンキュー!」

<strong>フライシュマン・ヒラード・ジャパン社長 田中慎一</strong>●慶應大卒。1978年ホンダに入社、83年から米国で議会・メディア対策を担当。セガ勤務を経て、97年から現職。
フライシュマン・ヒラード・ジャパン社長 田中慎一●慶應大卒。1978年ホンダに入社、83年から米国で議会・メディア対策を担当。セガ勤務を経て、97年から現職。

かつて私が在籍していたホンダの創業者である本田宗一郎さんは、「相手の立場に立って考える」ということをたいへん重視した人である。

本田さんが日本人初の米国自動車殿堂入りを果たした際、現地責任者だった私がデトロイトのホテルに案内すると、部屋のテーブルには寿司そっくりにつくられた菓子が用意されていた。パティシエら担当者の気遣いに感激した本田さんは、その場にホンダの関係者を集めて、ホテルの対応ぶりを褒めたたえた。ところが、しばらくすると今度は私たちに対して叱声が飛んだ。

「それに比べておまえたち、最近は米国に対して敬意が足りないんじゃないのか。ホンダは米国に育ててもらったことを忘れるな!」

というのである。

当時は米自動車産業の凋落が著しく、私たちの間にも彼らを軽んずる空気がなかったとはいえない。だが、ホンダ車を買ってくれるのも同じ米国人だ。彼らの反感を買えばホンダは生きていけない。だからもっともっと感謝を示せというのである。

本田さん自身は、殿堂入りのスピーチでもホテルの従業員に対しても、満面の笑みで「サンキュー」を繰り返した。結果、みんなが本田さんのファンになってしまい、10日ほどの滞在を終えてホテルを出るときには、料理人から掃除係まで全従業員がずらりと並び、笑顔で見送ってくれたのだった。