そして帝国は瓦解していった
永守経営の矛盾が最も鮮明に露呈したのが、2025年に発覚した不適切会計問題である。イタリアのモーター製造子会社で関税の支払い不備が見つかったのを端緒に、グループ内で不正経理が次々と明るみに出た。計877億円の大型損失を計上し、監査法人PwCジャパンは監査意見を不表明とした。東京証券取引所はニデックを特別注意銘柄に指定している。
同年12月、ニデックが公表した改善計画は病巣の根本に「永守氏の意向を忖度し、優先する企業風土」があったと認めた。株価重視の経営姿勢が現場を短期利益の追求へと駆り立て、その歪みが会計不正として噴き出した構図を示した。社長の岸田光哉は「短期の利益を追求するがゆえの弊害は明らか」と述べ、創業者が体現してきた組織風土そのものの転換を宣言している。
そして、翌年の3月3日の記者会見で、平尾委員長は「少なくとも2012〜13年度には100億円近い負の遺産があり、かなり以前から会計不正が行われていた」と述べた。創業40周年のころにはすでに不正の種が蒔かれていたことになる。
永守自身も委員会のヒアリングで、事業の中身を理解できていない状況があったと認めたという。それでも投資家目線で業績目標を設定し続けたため、目標は現実から乖離し、現場はその歪みを会計処理で埋めるほか打つ手がなくなった。
社外取締役の構成にも問題があった。官僚出身者や、弁護士、学者という顔ぶれで、ビジネス経験のある人材が皆無だった。
時代に追い越された男
永守重信とは何者だったのか。4人で旗揚げした町工場を、半世紀で売上高2兆円超・従業員10万人超の世界的メーカーに育てた経営者としての功績は、疑いなく偉大である。
その原動力は同志的なつながりの中で発揮された圧倒的な意志の力だった。だが、時代は多様性とコンプライアンスと自主性尊重へと大きく変わった。ハードワークは効率化の反対語のように扱われ、社員の士気を鼓舞することすらパワハラのリスクをはらむようになった。
永守自身も時短経営への転換を試みたが、時代ははるかに早く動いた。イーアクスル事業の巨額損失、牧野フライス製作所へのTOB失敗、そして不適切会計の発覚。晩年の永守は、時代に追い越されたことに気づかないまま、あるいは気づいていながら、同じ速度で走り続けた。
永守は去ったが、約8.3%の株式を保有する筆頭株主としての影響力は残る。ニデックの改善計画が病巣と名指しした「永守氏の意向を忖度し、優先する企業風土」とは、裏を返せば、永守の意志の力がそれほどまでに強烈だったことを物語る。会社を創り、育て、壊しかけたものは、すべて同じ一つの力だったともいえる。
第三者委員会は「最も責めを負うべきは永守氏」と断じながらも、「正しい経営をしたいという思いを持っていたことを否定するつもりはない」と付け加えている。
参考文献
ニデック「ニデック株式会社に係る調査報告書(概要版)」二〇二六年三月三日
「ニデック会計不正『かなり前から』 第三者委員会、一問一答」『日本経済新聞電子版』二〇二六年三月三日
小平龍四郎「ニデック、『大ぼら経営』の限界」『日本経済新聞電子版』二〇二五年十二月二十八日
「社長更迭の裏に何があったのか、日本電産の永守会長が発した率直で辛辣な言葉」『日経クロステック』二〇二二年九月六日
【ニュース解説】「『心が壊れていく』、ニデック幹部の悲痛な叫び 会計不正の報告書から」『日経クロステック』二〇二六年三月六日
田村賢司「大事凡事 ニデック・不適切会計問題の果てに 永守氏の『引退』が残すもの」『日経トップリーダー』二〇二六年二月一日
田村賢司「ニデック永守氏に2つの“失敗” 時代に追い越された『鉄の精神』」『日経ビジネス電子版』二〇二六年一月二十一日
「巨弾特集 日本電産 永守帝国の自壊」『週刊ダイヤモンド』二〇二三年一月十四日号

