家庭との両立のために夜→昼営業にシフト
2024年8月には長女が誕生。半年間の産休を経て、夜営業をやめ、昼4時間営業へのシフトを決断した。
もともと夜型だった永松さんだが、家庭との両立を考えての決断だった。文子さんは母になったことで、店を見る目も変わったという。
「子供が生まれて、お子様連れで来てくださるお客様の気持ちが少しわかるようになったことが嬉しいですね。子育ては嬉しいこと、楽しいことが沢山ありますが、大変なことも多く、うちのラーメンを食べて明日への活力に、家族の楽しい思い出にしていただけたら幸せですね」
子どもを連れての外食は、楽しみと同時に緊張もある。だからこそ、この店での一杯が、家族にとって優しい記憶になればいい。そう願いながら、彼女は今日も客席に目を配る。
近年は「永太」もラーメンの原材料高騰に苦しむ。チャーシュー用の豚肉の価格はこの十数年で倍以上。それでも質は落とさない。
「仕入れ業者に頼らず、困った時は自分でスーパーに行って安い日にまとめ買いをしてやりくりしています」
地に足のついた努力だ。
味は大きく変えない。ただ、日々微調整を重ねる。ラーメンのコクも、つけ麺の濃度も、ほんのわずかな差異を見逃さない。
「無理はしない。でも、絶対手は抜かない」
お店を休む時は事前にしっかり予定してから休んで、臨時休業は十数年間一度もない。夏と年末年始以外は、仕込みが生活そのものだ。
お客への誠実さと家族への想いが溶け込んだ一杯
「お久しぶりですね」
そう声をかけることがある。かつて自分が救われたように、お客の存在を覚えていたいからだ。
文子さんは、最後にこう語る。
「夫は本当に職人気質です。どうやって工夫したらさらにおいしいラーメンを作れるかを常に考え続けているのはすごいことだと思います。そんなことは当たり前だと言われるかもしれませんが、夫はその“当たり前”の基準が高いと感じます。毎日必ずお店で仕込みをしていて、人生でこんなに働いてもあまり弱音を吐かない人に出会ったことがないです。
一人で一つひとつ丁寧に作っている分、今の時代らしくない、タイパがいいとはいえないうちの店に何度も足を運んでくださるお客様には感謝の気持ちでいっぱいです。夫もつい嬉しい気持ちを伝えたいのでしょう。作っている人と食べる人が向き合える環境はとても素敵なことだと思います」
“当たり前”の基準が高いこと。それは才能ではなく、覚悟に近い。
「永太」の一杯に、積み重ねた日々が映る。その味は、誠実さと職人気質と、家族への想いが溶け込んだものだ。
蕨の小さな店で、今日もまた一杯が生まれる。それは永松孝太郎さんと文子さんが、互いを信じ、家族を守り、客の記憶を大切にしてきた時間の結晶なのである。


