数年ぶりなのに店主から「昔よく来てたよね」
予備校に通いながら、授業と授業の合間に1時間並ぶ。単語帳を手に、現実逃避のように列に立つ。黙って食べ、黙って帰る。ただそれだけの一人の客だった。
一時は毎週のように通ったべんてんだったが、その後晴れて大学に入学し、全国チェーンのラーメン店への就職で東京を離れると、次第に足は遠のいた。
しかし、2009年、数年ぶりに店に訪れたとき、これまで一度も話したことのなかった店主に声をかけられる。
「昔よく来てたよね」
その一言が、胸を撃ち抜いた。
「覚えてもらってたんですよ。一度もしゃべったこともないのに」
味だけではない。一人ひとりのお客さんの存在を覚えているということ。その時の感動が、彼の進路を決定づけた。閉店まで待ち、「働かせてください」と頭を下げた。一度は断られたが、食い下がった。
新卒で入ったラーメンチェーンは、同じラーメン業界でも大量調理の精度とスピードが求められる世界だ。レードルで均一にスープを量るなど、現場の基本的な技術こそ身に付いたが「このままでは自分の求める味には辿り着けない」という思いも募っていた。その場で退職を決意し、2009年12月、念願の暖簾の内側へ入った。
貯金1000万円を使い切り、地元に店を構えた
「べんてん」での約4年。厳しい空気の中で学んだのは、技術以上に“姿勢”だった。
「『昔よく来てたよね』って一言。あれが嬉しかった。だから自分も、顔を見てラーメンを出したい」
毎日同じように仕込みをし、同じように味を整える。その反復の中で、ほんのわずかな改良を積み重ねる。大きく変えない勇気と、変え続ける執念。その両立が、やがて「永太」の礎になっていく。
2013年8月に「べんてん」を卒業。翌年5月、貯金約1000万円をほぼ全額使いきって、自身のルーツのある蕨に「永太」をオープンさせた。
「不安な顔してたよって、母に言われました」
プレ営業から想定を超える行列。だが秋には客足が落ち着く。
「2時間お客さん来ないとか、ありましたね」
それでも1日単位で赤字を出したことはない。限定メニューを出し、燻製味玉を試し、地道に地元に根を張った。


