ユーラシア規模の“京都人”であるイラン人
1979年のイラン革命まで強い影響力を、ある意味では強過ぎる影響力を、ワシントンはこの国に対して行使した。
そして、アメリカはイランの革命体制を倒すために、フセインのイラクをけしかけてイラン・イラク戦争を開始させた。八年にわたる戦争で多くのイラン人が殉教した。これが、イラン人の対アメリカ認識である。本書でも繰り返し言及した通り、裏切られ続けてきたとの歴史観だ。
京都は日本列島の都だが、ペルシアはユーラシア大陸の都だ――少なくともイラン人の感性では。十字路ゆえに四方八方からの脅威にさらされてきたわけだ。
その経験のせいなのか、イラン人の言葉使いも、なかなか一筋縄ではいかない。イエスなのかノーなのか、慎重な見極めが必要な場合がある。
たとえば食べ物をすすめられると、多くの場合イラン人は、まず辞退する。そこで食べないと思ってはならない。二、三度すすめるのが礼儀である。そうすると、やっと食べてもらえる、ということになっている。
イラン人は京都人と似ている。それを言うと、どちらにも嫌われそうだ。いわばイランというのはユーラシア規模の「超」京都人の国だ。
核問題に関するイランとアメリカの交渉
イランのハメネイ最高指導者は、アメリカとの交渉は「賢明ではない」と2025年2月初旬の演説で語った。これでアメリカとイランは交渉できなくなったし、しないだろうというのが、一部識者の見方であった。
他方、いや、ハメネイ最高指導者の発言は、もっと柔軟に解釈できるし、すべきであるとの見方もあった。「交渉は難しいし、経験から踏まえると、芳しい結果に終わるとは限らない。しかし、大統領や外務大臣が交渉したいのなら、すればよい。しかし警告はしたのだから、失敗した時の責任は負わないよ!」というのが真意だとの解釈である。つまり、交渉にOKを出したわけだ。
どちらだろうか。最高指導者の言葉の解釈に議論があった。結果から見ると、交渉が始まった。ハメネイの言葉をイラン政府は「イエス」と解釈したわけだ。
そしてイランとアメリカの核問題に関する交渉が同年4月12日から始まった。オバマ政権とイランとの交渉の時と同じように、会場にはオマーンの首都マスカットが選ばれた。
なぜオマーンなのだろうか。率直に言ってイランがオマーンを信用しているからである。本書の11章でも見てきたように、この国は、アラビア半島の東端にあってアラビア海に面している。そしてムサンダム半島という飛び地があり、ペルシア湾の出入り口にあたるホルムズ海峡の南にある。海峡を越えればそこはイランだ。

