トランプによるイランとの交渉の本気度
さて、トランプにとっての、もう一つの中東での大きな問題はイランへの対応だ。
当選直後のトランプは、イランの核兵器保有は許さない、と繰り返し発言した。だが同時に、それ以外は問題ないと付け加えていた。
そして大統領に就任すると、第一期目のトランプ政権で要職にあったマイク・ポンぺオ元国務長官とジョン・ボルトン元国家安全保障問題補佐官、そしてブライアン・フック元イラン担当特使へのシークレット・サービスによる警護を停止すると発表した。3人とも対イラン強硬派だった。かつての対イラン強硬政策そのものを鞭打つような発表だった。
そして前述のようにウィトコフをイラン問題の担当者に任命した。さきに述べたように、ガザ停戦合意をまとめた手腕を高く評価しての、古くからの友人の抜擢だろう。トランプは、本気でイランと交渉を始めようとしていた。
トランプはイランの最高指導者ハメネイに交渉開始を訴える書簡を送った。ハメネイ最高指導者の反応が注目された。最高指導者の答えは複雑だった。あえて言うなら「イラン的」だった。
文明の十字路にあるイランの国史
京都の人はなかなか本音を吐かないと言われている。京都人の発言を額面通りに受け取ってはいけない、とされる。かつては朝廷の権力の中心だったが、その後は京都に上って来た数多くの田舎者の「天下人」の下で生き抜いてきた人々の知恵なのだろうか。
同じようにイランという国も、文明の十字路にあって、何度も大帝国を築いた輝かしい歴史を誇っている。しかし、国力が衰退した際には、アラブ人、モンゴル人、トルコ系の人々など周辺の「野蛮人」からの侵略を経験してきた。
また近代に入ってからは、ロシア、イギリス、アメリカの帝国主義の犠牲となってきた。特にアメリカとは深い因縁がある。
北から南下してくるロシアと、南から北上してくるイギリスの圧力の板挟みに苦しんだイランは、遠隔の善意の大国アメリカにすがった。しかし、アメリカはイギリスと共謀してイランで民主的に選ばれた政権をクーデターで倒した。1953年のことだった。このあたりの経緯は本書ですでに述べてきた通りだ。

